有川浩 『海の底』

海の底

 巨大ザリガニが横須賀に大挙して上陸し、人々を襲う。自衛隊の潜水艦には民間人の子ども13人と2人の自衛官が孤立して閉じ込められ――と、あらすじだけ見ると、B級パニック小説なのですが、一歩間違えれば陳腐すぎて馬鹿馬鹿しいこの物語は、驚くほどしっかりとした「いい小説」です。
 あるいは軍事モノは苦手という向きもいるでしょうが、『空の中』も本作『海の底』も、マニアックな部分はマニアックな部分として描きつつも、まるで抵抗感無くその世界に入り込めます。その理由としては、基本的には前作『空の中』同様、色々なしがらみの中にありつつも状況に負けることなく格好良く事態に立ち向かう大人と、迷いながらも必死に足掻いて真っ直ぐに成長しようとする子どもたちの姿が非常に清々しく描かれていることがあげられるでしょう。
 自衛隊(あるいは今回は機動隊)と子どもたち、そして謎の生物という構図は『空の中』の二番煎じかと思いきや、全く別の物語になっていますね。巨大ザリガニ襲来という実に馬鹿馬鹿しい怪獣モノ的な展開にも関わらず、そこに描かれる人物達がリアルに、そして生き生きとしており、物凄く感情移入をし易いです。
 特に潜水艦の中に閉じ込められるという極限状態の子ども達の中で、いわゆる子どもの嫌な部分だけを集めたような自己中心的な人物として登場する圭介の鬱屈した心理へも、物語を読み進めるにしたがって物凄くすんなりと感情移入出来ました。その辺はやはり、大人だからこそ描ける、未熟でどうしようもない子ども達を見守る温かい視点があってのことではないでしょうか。
 こうした人間的な書き込み要素に加えて、作中で登場するインターネットの軍事ヲタの集う掲示板のやり取りの雰囲気など、驚くほどリアリティのある描写がなされていることも、特筆すべきことかもしれませんね。

 今年の上半期、有川浩という作家を知ることが出来たのは一番の収穫だったと言っても過言ではないと、そう断言するに足る1冊でした。