[読了] 東野圭吾 『容疑者Xの献身』

容疑者Xの献身
 著者の作家生活20年の節目にあって、著者自身が「自分の書いてきた作品の中で間違いなくベスト5に入る」というだけあり、文句無しの秀作だと思います。これまでこの作家の本を食わず嫌いで避けてきたのは、勿体無いことをしたなと後悔させられた1冊。
 各所の書評でも本の帯でも「純愛」と謳われていますが、作中では安易に純愛純愛と言っているわけでもないんですよね。それでもそこに描かれる、あまりにも切ない純愛が強く印象に残ります。

 物語は母子家庭で娘と共にひっそりと生きていた元ホステスの女性が、しつこく付き纏う元夫を衝動的に殺害してしまったところから動き出します。
 彼女に密かに心を寄せていた数学教師をしている隣人の石神は、「力になる」と言って、この犯罪の隠蔽工作を始めます。
 不自然なところも無いほぼ完璧なアリバイ、ですが、刑事の草薙は何かが引っかかって――という、完全に倒叙の形式で物語りは進んでいきます。
 かつては大学で「天才」と称された数学者の石神と、その同窓であり、これまで何度も事件の解決に一役かってきた物理学者の湯川との静かな頭脳戦には、途中一度も飽きさせられること無く一気にページをめくる手を進めてくれました。
 そして、途中までは確かに倒叙であったのが、最後の最後で一気にひっくり返ってしまう大掛かりなトリックも見事。そしてこのあまりにも大掛かりなトリックとその動機は、一見してリアリティに欠けているとも取れるのですが、そう感じさせずに物語の中ではしっかりとリアリティを持たせている作者の筆致が実に見事。
 ラストの慟哭の場面には、何とも強烈な読後感が残りました。
 あちこちで既に言われていることではありますが、確かに間違いなく今年の年間ベストの上位に入る作品ではないでしょうか。