終始一貫して諧謔的な人物描写、あちこちにちりばめられた皮肉が秀逸。ただしこのセンスはある程度、読む人を選ぶのかなという気はします。
(おそらくこの話の主人公である)短大の助教授の桑潟幸一の駄目っぷりな描写に代表される、どこか皮肉で諧謔的な書き込みと、SF・幻想小説的なテイストをふんだんに盛り込んだ作りこみという、細かい書き込みの小技と物語り全体に施された大技の二段仕込みをふんだんなボリュームで味わえる1冊。
自らの不遇を嘆く国文学者の桑潟幸一のもとに、ほとんど無名に等しい童話作家の未発表ノートが持ち込まれた。この遺稿の解説を引き受けた桑潟幸一こと「桑幸」は、一躍世間の脚光を浴びることになった。だが、ノートを持ち込んだ編集者は首を切断された遺体となって発見され、しかも桑幸が最後に編集者と会った時には、既に彼は死んでいたはずだった――。
と、こうしてあらすじだけを抜き出せば正統派のミステリなのですが、途中途中に入る幻想と現実の区別のつかない桑幸の妄想めいた叙述があったり、アトランティスだの何だの、一歩間違えればトンデモ系のSF作品のような要素があったりと、読み終えてもスッキリと「これはこういう物語である」とひと言で説明し難い部分があります。
雑誌の記事などの作りこみも手が込んでおり、非常に細部にまで行き届いた小技が効いている作品ではありますが、ミステリのトリック的なことで言えば決して大技を使っているわけではなく、ある程度は予想が付いてしまいます。また、犯人をはじめとする結構な数の登場人物が、埋もれていた童話作家に随分と安易に繋がってしまっていたんだなという点は少々気になりました。
個人的には人生の悲哀から絶頂へ駆け上がり、事件の中核に常に位置しながらもその当事者とはなり得なかった桑幸の物語、という部分が一番楽しめました。