辻村深月 『凍りのくじら』

凍りのくじら

 SFという言葉を「すこし不思議」と言い表した藤子・F・不二雄に倣って、「すこし不在」「すこし不幸」「すこし不足」「すこし腐敗」など、周囲の人間にラベルを貼っていく主人公の視点が面白かったです。
 それと同時に、自分が他人より頭が良いこと――言い換えれば他人が自分よりもすこし頭が悪かったり駄目だったりすることを見て、決して優越感を抱くわけでもないのに周囲を馬鹿にする少女の嫌な部分、あるいは自分の夢を実現できないことに理由付けをして逃げてばかりいる駄目な人間、こうした救いようの無い部分をかなり残酷なまでに鋭く描いています。良くも悪くも妙に生々しさの無い著者の語り口が、今回はプラスの方向に強く働いて、これまでの3作の中では個人的にはこの『凍りのくじら』が最も好きな1冊でした。
 ある程度読書歴のある人であれば、共感できるような感性がそこに描かれていますし、「嫌な人間」の描写を逃げずにきちんと描くことが出来るのはこの著者の強みではないでしょうか。

 ただ、主人公の少女が後半で出会う少年郁也との交流が、元彼の若尾などに比べると、些か描いている比重が軽く表層的なものとなってしまい、少女にとっては重要な鍵となるはずのこの少年の存在をきちんと描ききれていないのは弱さかなという気がします。
 また、ラストで主人公が見い出した「光」というのが少々唐突である印象もあります。