伊坂幸太郎 『砂漠』

砂漠

 伊坂幸太郎お得意のタイプの青春小説ですが、これまでの作品ほどには剥き出しのメッセージ性のようなものはダイレクトには伝わってきません。ですが、ワンクッション置いている分じわじわと効いてくるようなところがあって、この加減は絶妙です。
 恋愛と麻雀と友達という、現実社会では本当にありふれた大学生のキャンパスライフを描きつつも、「学生時代」というある種お祭りの間のような非現実を見事に描き切ったと評価出来る一作でしょう。
 「こうあるべきだ」と正しい理想を高々と主張する人間は、格好良いながらも、どこか現実味が薄いスーパーヒーローであったのに対し、本作では周りから思い切り引かれてしまうような格好の悪い人物に、そうした役を割り振っているところが秀逸だと言えると思います。彼は大国のエゴに憤り、「あのね、俺たちがその気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」と、独特な政治的思想を人前で堂々と演説しては引かれる小太りな学生です。決して格好など良くないこの西嶋という小太りの同級生が、主人公たちに多大な影響を与え、物凄く格好良く見える辺りが本作の爽快なところでしょう。

 他作品と比べれば、一気に行われる伏線回収の鮮やかさなどは無いものの、社会という名の「砂漠」に出る前の、「学生」という身分によって守られたオアシスの中で戦う登場人物たちの青春小説という意味では、十分に示唆を与えられる1冊でした。
 要所要所に用いられるサン=テグジュペリの引用や、伊坂作品恒例の他作品の登場人物との繋がりなどのスパイスも程好く効いていて、私は好きな作品です。