[読了]北森鴻 『暁の密使』

暁の密使

 日露戦争へ向けて混沌としていく時代に、当時の政府の方策で死に体となりかかっていた日本の仏教を救うために、経典を求めて西蔵チベット)へと向かう僧、能美寛が本書の主人公です。「不惜身命」の言葉通り、仏教のためにひたすら一途に西蔵へ向かう能美ですが、各国の思惑が入り乱れる時代背景の中、彼の意図しないところで能美は様々な者たちと相対さねばならなくなります。
 純粋な能美と彼を支援する人間、国策のために、あるいは個人の思惑で能美を利用しようとする人間が入り乱れる中、ただ純粋ではいられないながらもそれでもひたすら西蔵を目指す仏教者としての能美寛が本書では描かれています。
 そこには、混沌とした時代の中で個人の理想が蹂躙される理不尽さがあり、ある種のやり切れなさも残るのですが、歴史物・陰謀物としては十分に楽しめる1冊でした。
 また、テーマとしては重いし固いものでありますが、そこに描かれる人間の姿はあくまでも等身大の人間であるために、非常に読みやすい作品ではないかと思います。