[読了] エリス・ピーターズ 『修道士カドフェル20 背教者カドフェル』

背教者カドフェル 修道士カドフェル20
 本書が刊行されたのが1994年、そして著者が亡くなったのが翌年の1995年とのことで、本当は次作にも取り掛かっていたものの、それは日の目を見ることなく終わってしまったというのが何とも残念な話です。
 ですが、話の内容もこれはこれで「最終巻」としては綺麗に終わっているような気がする、そんな1冊でした。

 物語は、かつて登場した息子のオリヴィエが捕虜となってしまい、彼を救出するためにカドフェルが修道士の誓いを破って旅立つことから始まるのですが、本書はこれまでのシリーズ作品以上に歴史小説としての比重が大きなものとなっています。
 女帝モードとスティーブン王の間でのイングランドの王位継承戦争の和睦の道を探ろうと、司教が和平の会議をコヴェントリーで開きます。
 捕虜になったことは明らかながらも、現在の居所が不明なままの息子の手掛かりを集めようと、カドフェルはヒュー・ベリンガーとともにその和平会議の席へと向かいます。
 ですが、女帝の兄で実質的に彼女の軍を支えているグロスター伯ロバートの息子のフィリップ・フィッツロバートが、父と女帝を裏切ってスティーブン王の側に付いたいざこざから起こったと思われる殺人事件が起こります。
 本書ではこの殺人事件だけは唯一ミステリの要素を持ってはいますが、これだけを取り上げればショートショート安楽椅子探偵物で事が足りそうな程度の扱いであり、やはりメインは父と女帝を裏切ってスティーブン王の側に付いたフィリップ・フィッツロバートの去就であると言えるでしょう。
 カドフェルとオリヴィエの、まだ名乗り合ってすらいない父子の在り方を見守るフィリップ・フィッツロバート、そして裏切りに対して復讐の念を抱く女帝と、これまでのシリーズ作品の枠を超えたスケールの大きな歴史の一場面が本作では描かれています。
 そこには、登場人物一人一人の、歴史の流れの中での行動の背景にある細やかな感情の動きが描かれていると言えるでしょう。
 著者の意図では決してこれが最後というわけではなかったのでしょうが、ラストのカドフェルとラドルファス院長との会話が、このシリーズの最後に相応しいすっきりとした読後感を残してくれました。