芦辺拓 『グラン・ギニョール城』

グラン・ギニョール城

 20世紀初頭、ヨーロッパにあるアンデルナット城を買い取ったアメリカの富豪が、この城をフロリダに移築する計画に先立って、この城に前の持ち主であるロートヴァング伯爵と関わりがあった人間や、自分の周りの人間を招くことにした――この冒頭といい、名探偵ナイジェルソープのキャラクターといい、また招かれた人間達の過去を結ぶ忌まわしい出来事や因縁、さらには特定の言葉を書かせると人間を死に至らしめるオート・マタの人形といい、何ともミステリ黄金時代の海外翻訳物の雰囲気に満ちた作品です。
 その一方で本作はあくまでも現代日本において書かれた作品として、過去の゛グラン・ギニョール城゛と著者のシリーズ物の探偵である森江春策が謎解きをする現代の物語とが、交互に配置されて織り成される作品です。
 関西国際空港からの帰途、森江は列車の車内で男が突然死ぬ場面に行き遭います。その男が残したダイイング・メッセージ、そして死の間際に残した「グラン・ギニョール城」というのが。男の持っていた海外雑誌「ミステリリーグ」に掲載された小説であることが分かります。
 欧州の゛グラン・ギニョール城゛での事件は、この雑誌に問題編だけ掲載された作中作という形を取るのですが、本作は単なるメタ・ミステリのように読後に未消化な何かが残ることなく、実に綺麗に仕上げた意欲作であると評価することが出来るでしょう。
 ただし、後半で欧州の゛グラン・ギニョール城゛の物語と、現代の謎が融合し始める場面になると、一気に絢爛豪華なペンダンティズムが色褪せて泥臭くなってしまうのが些か唐突でした。ダイイング・メッセージの謎が解けるなり一気に芝居から現実に戻ってしまう気がしたのですが、本当に芝居から現実に戻るのは最後の結末になってから。
 もっとも、肝心のトリックに関しては絢爛豪華と言うわけには行かず、少々拍子抜けな終わりであった感は否めません。

 黄金時代のミステリに対するオマージュ的意味合いも盛り込まれ、かなりコアな読者層にも好まれる作品なのは確かでしょう。
 文庫版に書き下ろされて加えられた、『レジナルド・ナイジェルソープの冒険』は、あの作者だったらもしかするとやらかしかねない、しょうもないトリックなのかも知れない…と少し思った掌編。