鳥飼否宇 『樹霊』

樹霊
 女性植物写真家の猫田夏海は、北海道での撮影旅行中に、アイヌの崇拝を集めている樹木が数十メートルも移動したという話を聞いてその村へと向かいます。
 役場でホームページを作っている若者に案内され、彼女は「エカシ」と称される巨木が、乱開発による土砂崩れで動いた無惨な現場を目にします。そんな事件に呼応したかのように村では最近、ナナカマドが何者かの手で移動させられる事件が相次いでいることを知ります。そして、「エカシ」とともにアイヌの人々に信仰される「フチ」という巨木もまた――。

 『中空』『非在』と同シリーズの作品。
 冒頭のアイヌの伝説を思わせるような、不可思議な樹木の移動と、公共事業を巡る自然保護派と開発推進派との亀裂の中で起こった事件が絡み、非常にテンポ良く読み進める本格ミステリに仕立て上げられています。
 樹が動くという謎の提示は非常に魅力的であり、そしてそれに対する論理的な解釈により導かれる真相も破綻なく、大小幾つかの謎も全て綺麗に解き明かしてくれます。また、伏線も綺麗に回収されており、読者への手掛かりの提示も過不足の無いものであると言えるでしょう。
 ただ、どうしても殺人事件・失踪事件の方のインパクトが弱く、良くも悪くも全体として見れば「佳作」としか言いようの無い食い足らなさも感じてしまいます。
 もっとも、大小幾つもの謎の提示とその処理の良さと、自然と人間との関わりという、作中に織り込まれたテーマの消化も良く、読みやすいながらも十分に楽しめた1冊でした。