有川浩 『レインツリーの国』

レインツリーの国
 『図書館内乱』で作中作として登場した小説であり、『図書館内乱』においてはこの小説が聴覚障害の少女に多大な影響を与えた1冊となっています。
 自分の中学時代に読んだ本がきっかけで、インターネットを介して伸行は「ひとみ」に出会います。メールのやり取りで感じ取った彼女と、実際に出会った彼女との間の違和感に苛立ちつつ、彼女に聴覚障害があることを知った時には、彼女を傷付けてしまいます。
 健聴者と聴覚障害者の間にある、超えられない壁で互いに傷付け合いながらも、ひとつひとつ問題を認識して近づいて行く過程が非常に丁寧に描かれており、良質の恋愛小説に仕上がっていると言えるでしょう。

 ラストで、二人が出会うきっかけとなった本への互いの感想が、見事に二人が辿り着いた問題にオーバーラップします。

 いつか彼がそんな生活に嫌気が差したら? 自分と結ばれたことを後悔したら?
今の私ならそう思います。そして何よりも。
 彼のことが好きであればこそ、自分に関わらなかったら普通の人生を歩めるはずの彼を、自分の終わりの無い逃避行に付き合わせる訳にはいかない。

 ひとみがそう書いたのに対して、伸行はこう返します。

 君一人で決めんなや、二人のことやん、と思います。一生ビクビクして逃げまわらなあかんって言うけど、そんなん分からんやん。

 さらに伸行は続けます。

 行けるとこまで行こうや。だって二人のことやん。二人とも降りたくなったら降りたらええやん。

 ラストで繰り返されたこのやりとりは、最初に二人が知り合うきっかけとなった本への感想を書いたものです。そこからスタートし、そこへ戻って来た時、単なるハッピーエンドではなく、「人生はままならない」のだということを、最初とは全く異なった重みで胸に刻んだラストが印象的でした。