若竹七海 『火天風神』

火天風神
 三浦半島に未曾有の台風が直撃する中、海辺に建つリゾートマンションでドミノ倒しのように次々に起こる災禍を描いたパニック・サスペンス。

 身勝手な母親に反対されながらも気象予報官になる夢を持つ少年とライターの叔父、夫に嫌気が差して夫婦喧嘩の末に出てきた妻、聴覚障害を持つ少女、不倫のカップル、大学のサークル仲間、妻に先立たれて毎日釣りをすることしか出来ない初老の男、探偵、自分の境遇や周囲の評価に不満を持つ雇われ管理人。
 日常の中では何とか表面を取り繕っていられたものが、極限状態になることで、一気に人間の身勝手で嫌な面が噴出する姿の描き方が秀逸な作品です。特に中盤、突然死体が現れて以降、激しくなる嵐と共に暴かれるエゴイスティックな人間性でもって、崩壊への一途を辿る様は読み応えがあります。
 何よりもこれだけ多くの登場人物を擁しながらも、その一人一人に人生を与え、綺麗事ではなく生々しさをも持たせている点は評価に値すべき点でしょう。
 全体的な部分に関しても、細かく視点を変えて区切られてはいるものの、この作家の持つリーダビリティの高さから、毎回物語りが寸断されるような感じは全く受けず、むしろ読み手は多方向から起こっている物事を追うことが出来ます。
 襲い掛かる自然の猛威と人間の狂気の去った後に、その人間の真の姿が浮き彫りにされる1作。

 死体の真相に関しては、今ひとつ拍子抜けだった部分もありますが、それを差し引いてなお十分な読み応えのある作品だと言えるでしょう。