加賀美雅之 『風果つる館の殺人』

風果つる館の殺人
 パトリック・スミスは『監獄島』事件で出会った恋人のメアリー・ケリイの遺産相続の遺言公開に立ち会うため、アイルランドにあるケリイ家の館へ赴きます。38年前に起こった不可思議な事件が影を落とすこの館で公開された、あまりにも蒸気を逸した遺言は新たな事件を生み――と、まぁ予想通りに「いかにも」な舞台立てです。
 相変わらずの海外古典ミステリの作風をそのまま引き継いではいるものの、文章に関しては今までで一番読みやすかったかもしれません。ただその分、いくら「東洋の」という修辞は入っていても「虫愛ずる姫君」なんて比喩がポンと出て来たりという、疑翻訳文的な型の中で使うと違和感を感じる部分もありました。

 トリックに関しては、読者に対する心理的なトリックを用いるのではなく純粋に物理的なトリックを用いようとすればどうしても限界はあるのでしょうが、単に海外古典ミステリの王道の焼き直しと組み合わせの範囲を超えるものではないという印象。無謀とも言えるアクロバティックなトリックを用いたデビュー作『双月城の殺人』や『監獄島』に比べると、大きなトリックにしろ、中で組み合わされる小技にしろ、今ひとつインパクトには欠けてしまっています。
 また、犯行に至る動機や犯人の心理面にも言及はされていますしそこにある齟齬に対しての一応の説明は為されていますが、どうにも説得力の面で弱いと言わざるを得ないでしょう。物語の展開もトリック同様にオリジナリティは弱く、ほぼセオリー通りという範疇を抜け出せない辺りも、余計に本作を「どこかで読んだことがある」という平凡な印象にしてしまっているのかもしれません。

 さらに些少なことではありますが、文中に作者の注釈を挿入してあるのが、同じカッパ・ワンの同期の石持浅海の著作に対する言及だったりする辺り、個人的には少々興醒めでした。せめて文末脚注にすればと思いますし、また参考文献にしても「それを読んでいれば知っていることで併せて楽しめる」という点は理解できるものの、どうにも中途半端な体裁として目に映ってしまう感もあります。

 何だか否定的な点ばかりを挙げてしまいましたが、分量の割にはリーダビリティも上がっていますし、カーのような本格黄金期のミステリが好きな読み手であれば、この雰囲気だけでも楽しめる気はします。