山口雅也 『奇偶』

奇偶(上)奇偶(下)
 頻繁に身の回りに出てくる6という数字に奇妙な「偶然」を感じていた作家の火渡雅は、確率上驚異的な数字で展開されたギャンブルを見た後、「偶然」その勝負をした男が事故に遭う場面に行き会います。
 そして原稿執筆のために宿泊していたホテルで眼病に倒れた火渡は、徐々に自らの周囲に起こる「奇偶」に囚われて行くことになります。

 読了後、「偶然」「たまたま」「6」などの「奇偶」が、自分の周りでも目に付くような錯覚を感じさせられるような、強烈な暗示力を持った作品です。
 本格ミステリにおける「偶然」という要素は本来避けられるべきものというテーゼを逆手に取って、ひたすら「偶然」を連鎖させた世界構築、あるいは世界の崩壊は、メタフィクションの手法を取り入れ、正気と狂気の混在する作品世界を見事に構築していると言えるでしょう。
 こうしたある種哲学的な趣向を含んだメタ・ミステリやパラレルワールドといった要素は、奇しくも本書以前に書かれた唯一の著者の長編作品でもある、デビュー作の『十三人目の探偵士』から続くパラレルワールド英国のシリーズにおける世界構築にも用いられていますが、本書ではこれまでの著作以上にこのテーマを突き詰めたと言えるでしょう。
 また、著者自身が火渡と同じ眼病をち、片目の視力を失うという経験をしていることが、さらに本作を奇書たらしめるにひと役買っているのかもしれません。
 ただ、これらの評価要素が逆に、本書からはエンターテインメント性を奪っているという面も少なからずあり、ボリューム的にも少々辛いところがあったのも事実です。
 本格ミステリとして、確かに密室なども登場してはいますが、その解答が「たまたま」であったりするのは、確かに「考えうることは、どんな途方もないことでも、起こりうる」とはいえ、全ての読者を納得させるには難しいでしょう。
 とはいえ、そんないかにもバカミス的な真相をも作品世界においては成立させてしまうだけの力を持った作品であるのは確かです。