前作で大切な人を失ったケイがその痛手からまだ立ち直れずにいる中、新たにリッチモンドの警察署の副署長に就任したダイアン・ブレイは、自らの権力の掌握の障害となるケイやマリーノに対して、様々な妨害を仕掛けてきます。さらには心に深い傷を負ったケイを周囲は気遣いますが、そのことでいつの間にか彼女は孤立してしまい、局内で起こっている様々な問題に気付くのが遅れてしまいます。そうした中で、リッチモンドの港に届いたコンテナの中から発見された無惨な死体には、何かの動物か赤ん坊の毛のような金色の毛が付着しており、近くにあった箱には"よい旅を、狼男"というメッセージが記されていました。
本作ではケイだけではなく長年相棒役を勤める刑事のマリーノも問題を抱えている上、ケイが自身の娘のように思っている姪のルーシーも、ケイとの間に溝を作ったまま窮地に陥ります。そして精神的に疲弊しきった彼女に追い討ちをかけるように、様々な手段を用いて評判を貶めようとする相手に、ケイはこれまで以上に苦しめられます。
とことんまでケイを追い詰める本作においては、これまで以上に主人公ケイ・スカーペッタの心情を掘り下げて描いているという点は評価出来ますが、反面、事件とその犯人を描く比重は若干不足気味に感じた面も否定できません。ですが、内容的にはそれなりに盛り沢山でありながらも、傷を負ったケイの心の動きという一つの大きな柱があるので、物語り全体は決して散漫にはなっていませんし、科学捜査によって犯人の姿に迫る過程もしっかりとしたものであるので、ボリュームはあるものの一気に読み通せるだけの質は確保出来ていると言えるでしょう。
また、これまでは男性社会で地位を確立したケイを脅かすのは、主に彼女を妬む男性という非常に単純な構図が多かったのですが、本作では女性副署長のブレイだけではなく、自身の妹との深い確執がケイを悩ませます。こうしたことに加えて、主人公のケイ自身の心情を深く掘り下げたことで、シリーズの中でも本作は、男性対女性という構図を超えることで、「女」というものの生々しさを描いたという風に読むことも出来るでしょう。
