ジル・チャーチル 『忘れじの包丁』

忘れじの包丁
 ジェーンの家の裏にある原っぱで、往年の有名女優が出演する映画の撮影が行われることになります。長女と次男は中々この珍しい出来事に近づく隙がなくて不満気味ですが、長男のマイクは主演女優にも気に入られてスタッフの手伝いをし、ジェーンも感じの良いスタッフの中の何人かと仲良くなり、撮影の見学を楽しんだりしています。ですが、スキャンダルに絡んだ脅迫が行われている現場をジェーンがたまたま立ち聞きしてしまった少し後で、こともあろうにジェーンの家の包丁を凶器にして、関係者の一人が殺されてしまいます。事件を解決しないと、最近いい感じになってきた刑事のヴァンダインからの誘いもお流れになってしまうとばかりに、ジェーンは推理をめぐらせます。

 今回はこれまでの主婦の日常からは少し離れていますが、あくまでもきらびやかな世界を外から見るジェーンの視点は、やはり読みやすいです。ただその分、今回の関係者の多くがジェーンらとはかけ離れたものとして描かれていたために、人物の掘り下げはこれまでと比べればやや浅めで類型的あるかもしれません。
 ですが同時に本作は、死別した夫スティーブの知られざる過去が明らかになってまたジェーンを苦しめたり、長男のマイクの成長ぶりが効果的に描かれたり、そしていい雰囲気になってきた年下の刑事のヴァンダインとの微妙な関係など、シリーズを通しての人間関係の変化の伺える作品となっています。
 事件の鍵となる物に関しては、何故ジェーンがそのことを失念したままなのかという点で、些か不自然な部分はありますし、最初から伏線はかなりあからさまなのですが、その繋がり方、結末への持って行きかたなどは非常にスムーズかつ見せ場の多いものとなっていると言えるでしょう。