小川洋子 『ブラフマンの埋葬』

ブラフマンの埋葬
 夏のはじめのある日、傷付いた体で現れた動物を、主人公の「僕」は手当てをしてブラフマンと名付けて一緒に暮らし始めます。あらゆる種類の芸術家のために開かれた<創作者の家>を管理する「僕」は、日々成長するブラフマンとの生活を楽しみますが、ブラフマンを嫌悪するかのような雑貨屋の娘や、動物の毛アレルギーの宿泊客であるレース編み作家には、共感を得ることが出来ません。

 本作は名前を持たない登場人物たちによって世界は構成され、唯一名前を与えられたブラフマンですらも、具体的にどのような動物であるかということは作中で明言されません。
 そして各人の名前や背景などを必要としないこの物語はそのまま主人公の「僕」という存在であり、この「僕」の視点で淡々と世界は語られます。
 芸術家の集まる<創作者の家>を管理する僕ですが、彼が集まった芸術家の作品を目にして何か感慨を抱くわけでもなく、ただ短い夏の間に通り過ぎる人々を眺めるだけで、彼は積極的に世界に関わる存在としては描かれません。
 例外として「僕」自らが何らかの感情を持って関わるのは、彼に懐いて日々成長するブラフマンであり、「僕」が恋情を抱きながらも、土曜日毎に列車に乗ってやってくる恋人を待っている雑貨屋の娘です。
 ひと夏の間に通り過ぎる人々と、一緒に過ごすブラフマンの成長と心の交流の記録、そして喪失の物語が、極限まで感情を削ぎ落として描かれながらも、だからこそ余韻を残す不思議な1冊でした。