小路幸也 『空を見上げる古い歌を口ずさむ』

空を見上げる古い歌を口ずさむ
 ある時突然、小学生の息子の彰が「みんなの顔がのっぺらぼうにみえる」と言い出します。彰の父親は、その言葉を聞いて20年前に家を出た兄に連絡を取ることを決意します。彼の兄もまた、周囲の人間の顔が「のっぺらぼう」に見えてしまう力の持ち主でした。そして兄の語る、ある年に彼らの住んでいた町で起こった事件の中には、兄の力が大きく関わっていたのでした。

 単行本の刊行時も読んでいたのですが、文庫化を機に再読。
 本作の中に描かれるのは、おそらくはかつて、成長を続ける日本のあちこちに存在したであろう、遊び仲間の子供たちによるある種の社会です。物語の語り手たる兄の回想と言う形を借りて、非常に多弁に語られるのは、大人がかつて子供だった自分を振り返るからこそ生まれるノスタルジーであり、失われてしまった過去だからこそやさそさを持って懐かしく感じられるものなのかもしれません。
 ただ、本作でのキーワードとなる「稀人」「解す者」「違い者」の三者の関係や能力が、非常に観念的なものであるがために、あまり彼らの間の戦いというものが良く見えないまま、特に後半部での展開が急な気はしないでもありません。
 ですが、初読時も再読時も、物語の穏やかな騙り口調がかもし出す空気で一気に読ませてしまう力のある作品でした。
 ちなみに2003年の初読時の自分の感想を見返してみると、「どこか懐かしい雰囲気を持つ世界に、ふいに紛れ込んだ何かがもたらす怖さがこの作品の持ち味でもある。それはただ視覚的に浮かんだりゾッとしたりという怖さではなく、漠然と感じる違和感のような怖さである。読んでいてかつての日本にはこういう風景があったのだろうなという、喪われたものを思う時の哀しみのような、それでいて穏やかな気持ちで満たされる1冊」と書いていました。