戸板康二 『グリーン車の子供』

グリーン車の子供
 老優中村雅楽が歌舞伎の世界を中心とした芸能の世界で起こる、様々な事件の謎を解き明かす全集の第2巻。
 表題作であり、推理作家協会賞受賞作でもある『グリーン車の子供』に代表されるように、本書の中では陰惨な事件はほとんど起こらず、日常の中で様々な偶然や人の思いが交錯した時に起こった事件を、雅楽が丸くおさめる作品集。

 本書の魅力としては何と言っても、前作よりいっそうの人間的深みを持って描かれる老役者であり探偵めいた役割をも果たす、雅楽の人となりでしょう。
 雅楽もまた、ホームズばりに、いきなり出会ったばかりの人がその日に何をしていたかを言い当てて相手を驚かすような稚気は見せるものの、名探偵としては特に奇矯な個性を示すわけでもありませんし、真相の究明以上に周囲を丸くおさめることに重きを置く人物造詣が非常に魅力的です。
 陰惨な事件や歪んだ人の心の闇を冷徹に見つめるのではなく、あくまでも人に対する思いやりと芸事の世界の伝統を重んじる雅楽の姿は、前作以上に探偵役としては地味なほどに地に足がついたものとして描かれます。
 現代においては、小説の中ですらも姿を消してしまったような、一本筋の通った人情と粋を感じさせる登場人物の描き方は、良い意味で時代性は感じさせるものの、決して古臭さはありません。
 また、著者の筆の安定ぶりも見事なもので、収録された短編のどれを取っても一定以上の質は確保され、安心して読めるものとなっています。