恩田陸 『木洩れ日に泳ぐ魚』

木洩れ日に泳ぐ魚

 ヒロとアキ、別離を決めた二人の男女がアパートの一室で最後の夜を迎えます。
 明日になれば別れ、この部屋から出て行くという晩、二人で出かけた山への旅行で、「あの男」を殺したのは目の前にいる相手ではないか――互いにそう思い、探り合う中で、二人の真実が徐々に見えてきます。
 互いに相手が殺人者なのではないかと疑いながら、アパートの狭い一室で過ごす一晩の物語。

 恩田陸らしい、良い意味でのあざとさに満ちた作品。
 一枚の写真に写る三人の人物は、それぞれ物語が終盤へ向かうにつれて、読者が最初に思い描いていたのとは異なる暗い部分をすこしずつ見せていきます。
 限られた空間の中、たった二人の登場人物が真実を見つけるために語る一夜は、思いも寄らぬ方向へと転がり始め、そして二人の出会いから現在に至るまでの時間と、死んだ男との関わりが明らかになっていくのですが、動的な展開には乏しいはずの物語なのに、各章ごとにめまぐるしい展開を見せます。
 さらに、疑心暗鬼で幕を開けた心理サスペンスは、ヒロとアキの関係の根底にあったものまでも容赦なく暴き立てます。おぼろげだった記憶を、それまでは触れないようにしていた話をすることで、残酷なまでに明確にすることにより描かれる二人の心情は非常に生々しく、綺麗事では終わらないながらも、単にドロドロとした醜いものとしても描かれません。この辺りの匙加減といい、アキが最後に見せる女の残酷さすら思わせる一面、そして夜が開けたら日の光とともに暗い部分の全てが照らし出されて狂気が正気に戻るかのような終わり方といい、全てが絶妙でした。