西尾維新 『不気味で素朴な囲われた世界』

不気味で素朴な囲われた世界 (講談社ノベルス ニJ- 20)
 5月から壊れて修理されないままの時計塔のある上総園学園、中3の奇人三人衆の頂点に立つ姉を持つ串中弔士は、密かに「囲われた世界」の退屈な日常に変化を望みます。実姉である"こぐ姉"、奇人三人衆の残り二人、"ろり先輩"と崖村、同じクラスの"ふや子さん"、そして学園で一人異色を放つ存在である病院坂迷路。囲われた世界の中で起こった殺人事件の犯人を探す"ゲーム"を、主人公の串中弔士は病院坂とともに始めます。

 本作は、シリーズの前作『きみとぼくとの壊れた世界』との連続性はないものの、明らかに意識して前作と対になるようにして描かれた作品であると言えるでしょう。そのことは、主人公と妹もしくは姉、そして表情が読みにくく雄弁な退陣恐怖症だった病院坂黒猫と、黙して語らない代わりに表情で会話をする病院坂迷路の二人の病院坂と、それぞれの作品での二組の立ち位置にも象徴されています。
 怒涛の如く羅列される西尾節とも言える言葉遊びは冒頭から全開で、どこかいびつな登場人物たちのシニカルな言動も西尾作品の特徴を色濃く備えており、終始どこか突き放した主人公の視点で物語りは展開して行きます。
 ミステリ的な部分に関して言えば、大掛かりな物理トリックやアリバイトリックも用いられており、西尾作品以外では全く説得力を持ちそうもない異常な動機での殺人が演出されていますが、あくまでも「ミステリ」に対しての著者のスタンスは一歩置いたものになっていると言えるでしょう。

物理トリックを使用したミステリー小説が浴びる批判としては、『そこまでするか?』というものが主なのですよ。なんでたかだか人を殺すためにそこまでするんだよ――です。

 ミステリに対しては、終始して諧謔的なこうしたスタンスをありありと示しながらも本格ミステリとしての体裁を見せ、そのガジェットを用いている(あるいはそれを逆手に取っている)辺りが、実に本作の西尾維新らしいところ。
 また、作りこんだキャラクターを惜しげもなく殺してしまう理不尽さも、「大量死に対するアンチテーゼ」という説もあるミステリを、敢えて否定的に語られる「セカイ系」「きみとぼく」の斜め目線で笑い飛ばす面白さであるのかもしれません。
 ただ、ラストで主人公が前作の登場人物の一人と交わす会話と立ち居地が暗示しているように、「囲われた世界」と「壊れた世界」では、どうにも「壊れた世界」の方が上位に存在するように思えます。その辺り、残り1作あるという次回にどうつなげるかが楽しみとも言えるでしょう。