小路幸也 『カレンダーボーイ』

カレンダーボーイ
 2006年、48歳の大人だったイッチこと三都充と、タケちゃんこと安斎武は、眠っている間に彼らが11歳の小学生だった1968年と行き来できるようになってしまいます。そして二人は、この年に起こった三億円事件がきっかけで死んでしまったクラスメイトの里美を救うために、過去を変えることを決意します。ですが、彼らが過去を改編したために起こった歪みで、少しずつ関係する人々の運命がも変わっていることに二人は気付きます。

 48歳の記憶を持ったまま11歳だった過去へとタイムスリップしてしまう二人の物語ですが、あくまでも1968年において二人は「11歳の少年」であり、子どもならではの純粋さや正義感を、48歳の大人の意識が支えているという構図が非常に面白い作品。
 2006年に生きる二人は、あくまでも大人ならではのずるさや弱さを抱えた嘘のない姿で描かれていますし、その姿と11歳の少年が一人の少女を救おうとする真っ直ぐな想いとが綺麗に絡み合い、子ども時代への憧憬までもが浮き彫りにされます。
 さらに、本作における三億円事件の真相以上に、里美一家がこの事件に関わることになるためのミッシングリンクが面白いです。少しずつ明らかになっていく過去の様々な出来事と、主人公ら二人によって改編されていった過去が行き着く先との絡みにも、そこから真っ直ぐに結末へと向かう話の運びの上手さを見ることが出来るでしょう。
 そして、犯人らとの対決にページ数を敢えて割かなかったことに関して言及すれば、突然に訪れるエピローグの唐突さがそのまま喪失感へと繋がる、独特の読後感を生み出していると言えるでしょう。
 過去を改竄することの代償として、彼らがそれぞれに大切なものを失ってしまう結末は、敢えて描かれなかった物語の欠落そのままであり、"イッチ"と"タケちゃん"それぞれに課された喪失に対して、なんとも言えない切ないもどかしさが余韻となって残ります。
 単なる大団円でもなく、苦いだけでもないからこそ、ノスタルジーというものが喪失を伴うものであるということを再認識させられるような深さのある作品でした。