ギルバート・アデア 『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』

ロジャー・マーガトロイドのしわざ (ハヤカワ・ミステリ 1808) (ハヤカワ・ミステリ 1808)
 クリスマスにロジャー・フォークス大佐の屋敷に滞在していた人々は、フォークス邸の内側から鍵の掛かった屋根裏部屋で、滞在客の一人レイモンド・ジェントリーが銃殺されているのを発見します。吹雪のために警察を呼ぶことも出来ずにいたフォークス大佐は、執事の勧めに従い近所に住む元スコットランド・ヤードの警部であるトラブショウを呼んで急場を凌ぐことにします。女流ミステリ作家、牧師夫妻、有名女優、医師とその妻、大佐とその妻、そしてその娘と彼女のボーイフレンド。関係者に話を聞くうちに、大佐の娘が突然連れて来た被害者レイモンド・ジェントリーというゴシップ記者は、この屋敷にいた誰もに殺意を抱かれていたことが分かります。

 本作の時代設定もミステリ黄金期、登場人物の女流ミステリ作家のイーヴィはクリスティをライバル視しており、チェスタトンとも交流があったり、「密室ものはディクスン・カーに任せている」というようなことを言うなど、古典ミステリへのオマージュに溢れています。また、『アクロイド殺し』がタイトルの中に織り込まれていたり、上流階級の人々の中の殺人、隠されたスキャンダルなど、随所に巧みなクリスティの踏襲が見られます。
 現代作家でありながら古典を踏襲し、非常に古典的な舞台を選んで作品を構築すると言う意味では、本作における著者の方向性はアルテとも似ているかも知れません。ある意味本作がクリスティと同時代の作家の作品であると言われても全く違和感を感じさせない雰囲気、時代考証への気配りや、古き良き伝統を重んじた登場人物の描き方などに著者の手腕を感じることが出来るでしょう。
 そうした部分で本作は、非常にオーソドックスな正統派の古典を思わせる作品でありながらも、ただ物語の中のフーダニットを楽しむと言うよりは、クリスティを中心とした古典を盛り込んだ遊びの部分を楽しむという要素が強い作品であると言うことは出来るかもしれません。
 ですが、単なる偽古典というにとどまらない結末などは、古典の蓄積の上にある現代作家ならではの捻りも見せていると言えるでしょう。いずれにせよ、海外古典ミステリをある程度読んでいる読者であれば、より楽しめる1冊。
 本作と同シリーズで『スタイルの怪事件』という、これまた「いかにも」なタイトルの二作目もあるそうですが、そちらも邦訳を待ちたいと思います。