コリン・ホルト・ソーヤー 『老人たちの生活と推理』

老人たちの生活と推理 (創元推理文庫)
 高級老人ホーム「海の上のカムデン」に入居している未亡人のアンジェラは、気の合う友人もいるものの、悪気のないその舌鋒の鋭さから周囲に敬遠されがちな性格を持っています。砂浜に下りる階段の下で殺されていたのがそんな彼女であれば、誰もが納得するところでしたが、死んでいたのは地味で人畜無害にしか見えない元図書館司書の老女でした。ちょっとした好奇心から死んでいた女性の知られざる一面を発見してしまったアンジェラたち仲良しグループは、警察に渋い顔をされながらも事件に首を突っ込んで行きます。

 人生の終焉を見据える年寄りだからこその、したたかで痛快なパワー。そしてほんの少しほろ苦い味付けの生きているコージーミステリ。
 本作では、体型の崩れや耳が遠くなる、記憶が曖昧になるなど、若い時からは想像もつかない「老い」を受容する、どこか達観しているとすら思える年寄りたちの姿をコミカルに描いており、彼らは決して善人ではないからこそ魅力に満ちています。
 事件の解明に際しては、アンジェラの直感や偶然の成り行きに依存する部分は大きいものの、犯人やその動機となる過去を示す伏線は、序盤からごく自然に随所に散りばめられています。それらの伏線を含め、人生の終わりに近付いた登場人物たち特有の達観と悲哀は、ユーモアに満ちた語り口で真相へと繋げられます。彼ら「海の上のカムデン」の住人たちの人物は、リアルでありながらもコミカルな「老い」とともにじっくりと丁寧に書き込まれ、それは同時に被害者や犯人の個性を結末に向けて浮き彫りにしていると言えるでしょう。この辺りの、人物や心理描写の上手さがそのまま事件の真相に直結している点は高く評価したいところ。
 また、

「あたしたちは若い人よりも、失うものがずっと少ないんだわ。たとえまずい具合になって、捕まったとしてもね。"終身刑"ってのは、そりゃ、二十歳の子にとっちゃ、お先真っ暗な罰だわ。へたすりゃ六十年もはいっているかもしれないんだから。だけどあたしたちにとっちゃ――"終身刑"なんて、三年か四年のことかもしれないじゃないの?
いいえ、警部補さん。あんたの眼には、優しくておとなしい年寄りばかりに見えるかもしれないけど、その優しくておとなしい年寄りのほとんどが、薔薇についた虫をひねりつぶすより簡単にあんたを殺せるんだわ。残された二年、三年、十年の生活をあんたが脅かすと思えば…幸福は――それが残された余生をただ平和に暮らせるという平穏でしかなくとも――なにを犠牲にしても守りたいものだから」
『老人たちの生活と推理』p52-53

という、アンジェラの言葉が非常に印象的でした。