道尾秀介 『片眼の猿』

片眼の猿 One‐eyed monkeys
 人とは違う自らの耳を生かして盗聴する技術に秀でている探偵の三梨は、ある楽器メーカーの企業スパイとしてライバル会社を探っています。そしてこの仕事にもう一人、三梨が興味を抱いて仲間に引き入れたのは、人とは違う目を隠すために常にサングラスをかけた冬絵という女性でした。ですが、調査対象の会社で殺人事件が起こってしまいます。事件が起こる音を聞いていた三梨は、会社に忍び込ませたことで冬絵に容疑が掛かる怖れが出てきたことを知りますが、同時に彼女に対しての疑惑も抱き始めます。

 巧みなミスリードによる仕掛けのための小説という意味では、ゲーム性・パズル性の高さは評価できるものの、物語の展開を純粋に楽しみたいという読者むきではない部分があるのは否定出来ない一作。
 主人公の三梨の過去から現在の三梨や冬絵の実像に至るまで、とにかく読者に対する「騙し」を追求した部分では著者の意図は成功していますし、その仕掛けの巧妙さは一読に値するものであるのは事実でしょう。
 ですが、複雑に盛り込まれたエピソードも全てが仕掛けに繋がっているというだけにとどまり、掘り下げが不足してしまって、ひとつひとつのピースではなく「物語」として全体の絵を見た時には、些か未消化という印象も否めません。
 勿論、本作における騙しのトリックとしての著者の試みは成功しており、この後の道尾秀介という作家の貴重な蓄積となっているということは言えるでしょう。
 登場人物もそれなりに魅力的な要素を兼ね備えているだけに、本作ではテクニカルな部分以外が弱いのが残念に思えます。