ジェイン・アン・クレンツ 『すべての夜は長く』

すべての夜は長く (二見文庫 ク 4-8 ザ・ミステリ・コレクション) (二見文庫 ク 4-8 ザ・ミステリ・コレクション)
 高校生だったアイリーンはある晩、親友だったパメラに腹を立てて絶交を言い渡し別れた直後、自宅で無惨な遺体となった両親に対面する事になってしまいます。それから17年、小さな地元紙の新聞記者となったアイリーンの元に、全く音信不通だったパメラからのメールが来て、会いたいと言われます。17年ぶりに故郷の町に戻ったアイリーンですが、宿泊しているロッジの経営者のルークに車で夜中に抜け出すところを後をつけられ、二人でパメラの遺体を発見することになります。

 何かが起こっていることは明白なのに、議員であるパメラの父親に象徴される「ウェブ家」の権力が町の人々の口を閉ざさせ、アイリーンがトラウマによって神経過敏になっているのだという偏見が彼女の真相解明を阻みます。事件の起こる序盤から犯人がどこにいるのかというのは明らかではありますが、犯罪の構図が割と緻密に描かれるために、本書は破綻のないサスペンスに仕立てあがっていると言えるでしょう。
 ただ、「精神を病んでいると思われ、彼女の主張を信じる者がいない」という構図にするためには、町の住人との直接の衝突の機会が少なく、この点が強調されないためにヒロインの追い込まれ度合には些か甘さも残ります。
 その要因としては、同じようにトラウマを抱えた元海兵隊員という役付けのルークを描く際に、彼の家族との間に横たわる誤解をクローズアップしたことで、若干焦点にブレが出ていることが挙げられるかも知れません。家族の無理解の中で、的確にルークを理解するアイリーンとの結び付きを演出するという点では成功していますが、逆にエピローグ部分に続く中で、このルークの家族との間の問題が有耶無耶なままにハッピーエンドに持ち込まれる点での弱さも指摘できます。
 ただ、事件の背後にあった秘密と事件そのものを揉み消そうとする陰謀は、小さな田舎町という舞台を生かして良く出来ていますし、アイリーンの父親の果たしていた役割にもしっかりとした伏線が見られます。また、それぞれの犯罪の動機には説得力をカンジさせるだけの背景の書き込みもなされており、作中におけるリアリティという点では無理なく受入れられるものになっていると言えるでしょう。アイリーンが小さな地方紙の新聞記者という辺りも物語の中で違和感なく機能しており、人物や物事の様々な配置というものが非常に上手くいっている作品と言えます。