北森鴻 『なぜ絵版師に頼まなかったのか  明治異国助人奔る!』

なぜ絵版師に頼まなかったのか
 明治維新後、帝國大学に勤める雇われ外国人、エルウィン・フォン・ベルツ先生の元に、葛城冬馬少年は奉公することになります。外国人水夫が「なぜエバンスに頼まなかったのか」ともう一人の水夫に詰め寄って拳銃の引き金を引き、自らも自殺した事件の真相とは。毒殺された男と娘の嫁ぎ先を探す広告との関係とは。生き人形の製作者の意図と、政府要人との関わりは。裕福な人々が集う紅葉館で起こった芸鼓の死の真相とは。帝國大学の近くで起こった火事の現場から発見された死体の男の謎とは。

 本書では歴史上の実在の人物を多用しながら、急速に近代化を推し進める明治時代を舞台としたミステリが連作短編集として纏められています。そして、それぞれの事件の陰には、急激な時代変化の中で開国し、国としてはそれまで全くと言って良いほどに外交経験がないことから不平等条約に悩まされ、列強の植民地政策の中ではなんとも無防備な日本という国事態を巡る動きも潜んでいます。
 各短編ともが、単なる殺人事件や謎の解明に終わらず、影で蠢く陰謀や時代の流れの中に存在する意思というものを見事に織り込んでいることが、本シリーズの特徴と言えるでしょう。
 そうした物語が有名作品のパロディのタイトルを冠した短編で、ユーモアに満ちた登場人物によって軽妙に展開されています。
 シリーズを通しての謎もまだありそうですし、今後の展開に期待したい作品。