京成金町線の駅に雨の日にだけ時折出没するという老人、通称「ヨンバンセン」。あるサラリーマンが突然命じられた海外出張のその日、この老人が告げた占いの内容が気にかかって直前で降りた飛行機が火災を起こし、サラリーマンは間一髪で危機を逃れます。そしてそのことで謎の占い師の老人は一躍有名な存在になります。しかし、当たると評判の占いを無料でして貰えるこの占い師の老人には、会うことも中々難しい上、老人の気が向いた相手にしか占いをしてくれないと言います。
■大学生の章平は、失踪した元代議士秘書の父親を探すために、藁にも縋る気持ちで巷で評判のヨンバンセンを探します。首尾良く老人に会えて、しかも占いもして貰えたものの、老人は相談の答えとも何ともつかない言葉を呟いて、数行のメモを書いてくれただけでした。章平がヨンバンセンに占って貰えたということを知った易学の学校に通う人々はその結果に興味を持ち、老人の占った卦を聞いてその中身の推理を繰り広げます(『尋ね人』)。
■学校で幽霊に取り憑かれたという悩みをヨンバンセンに相談した少女を連れ、章平は再び易学学院を訪れます。学校で以前から噂されていたお小姓姿の幽霊に取り憑かれたことで、彼女が近付くと機械が止まってしまい、放送部を辞めなければならなかった少女の相談に対して出された占いの結果を読み解くのですが…(『遊魂』)。
■アパートで昼寝をしていた章平が見た夢は、乾天帝の息子の一人として自分が八卦仙の一人となって、同じく八卦仙の坤の三人娘の誰かと結婚しなければそこを出してもらえないというものでした(『八卦仙』)。
■章平のバイト先である駅のホームのうどん屋にやって来たのは、夫をホームで突き落とされて殺されたという未亡人でした。証言からビラを作って犯人の女性を探す彼女が気になっていた章平は、アパートの大家のミヤコさんにその話をします。そして成り行きから具合の悪くなった彼女を介抱し、何日かアパートで保護することになりますが、ヨンバンセンに占ってもらった結果、章平とミヤコさんではほぼ逆の結果が示されます(『相性』)。
「易」というものを用いることによって、そこに現れた卦を読み解くことで事件の根底に潜む問題や人間関係を簡潔に読者に提示することに成功していると言う意味でも、本作は非常に面白い作品になっていると言えるでしょう。
その視点の中心たる冴えない大学生の章平は、出会う事件を通して少しずつ易の世界を見ていくわけですが、彼の出会った謎の老人ヨンバンセンは常に物語の中心にいながらも、あくまでも章平らの伝聞のままという形でしか読者の前には姿を現しません。その辺りの謎は謎のままという部分は、結果的に作品内の「不思議」と「現実」のバランスの良さに繋がっているのかもしれません。
人物造詣に関して言えば、老人の占った卦を読み解く易学学院の面々も個性的であり、彼らの繰り広げるテンポの良い会話などにより本作は、ある種日常の謎系やコージーミステリの連作短編集のような、読者が安心して読める雰囲気を持った作品に仕上がっています。
普通のミステリであれば、物事の中に潜む些細な手掛かりからその問題の根を浮かび上がらせるところを、易で得られた卦にその「手掛かり」や「人物」を示させたという辺りが独特な作品と言えるでしょう。