米澤穂信 『儚い羊たちの祝宴』

儚い羊たちの祝宴

 上流家庭の子女たちと、その家に雇われる少女たちの暗く歪んだ関係性を軸にして描かれる連作短編集。
 丹山家のお嬢様の世話係として引き取られた少女夕日の、聡明な吹子お嬢様に心酔する暗い想いを綴った手記からはじまる、『身内に不幸がありまして』。六綱家の主人が外で女に産ませた娘の内名あまりが、屋敷の別館で家の厄介者として外界から隔離されて生活する早太郎との生活を描く『北の館の罪人』。貿易商の辰野家の別荘番として雇われた屋島の元に遭難者が現れる『山荘秘聞』。小栗家の嫡子として生まれながら、厳格な祖母にいつ用無しとして社会的に抹殺されるか分からない少女の純香が、ただ一人の友として彼女の使用人の五十鈴に向ける縋るような想いで綴られる『玉野五十鈴の誉れ』。これら四編に加え、その作品世界の随所に現れた「バベルの会」という読書サークルの消滅を描いた表題作『儚い羊たちの祝宴』。

 各短編は、その家の子女たちが通う大学の読書サークル「バベルの会」で細く繋がっており、この作品世界の暗く歪んだ想念が、表題作の『儚い羊たちの祝宴』で大きな輪として見えてきます。
 本作は、厳格な上流家庭というある種の密閉性の高い世界で育まれた歪みと闇が織り成す物語であり、その結末においては全作品を通じて暗黒性がたちこめています。この濃密で暗く澱んだ空気が集う「バベルの会」は、最終話の『儚い羊たちの祝宴』において終焉を迎えることになりますが、その結末を単なる崩壊には終わらせず、瓦礫の中から再び新しい怪物が甦るようなものにすることで、一層の暗黒性を孕んだ読後感を生み出していると言えるでしょう。
 各短編は、それぞれが独立したミステリとしても成立しているものの、そこに描かれる殺人にしろ登場人物の心情にしろ、決して一般的な意味では動機の説得力の高いものではないでしょう。ですが、社会一般からは隔絶された上流家庭という密室性の高い舞台にあって、犯人が犯行に至る過程での想念や動機といったものも非常に異質なものとなるのであり、この物語世界の空気の中にあっては特異なリアリティがあると言えるでしょう。そして各短編、ひいては連作として1冊の本に纏まってひとつの世界を形成した本作は、ミステリとしての立ち位置以上に、幻想小説としての持ち味が濃いものとなっています。
 これまでの米澤作品においては、ラストで読者もろとも突き落とすような深い絶望を感じさせるものはあっても、じわじわと侵食されるような暗黒性は決して前面には出ていませんでしたが、本書においてはそれこそが作品世界の核となっています。
 同時に、様々な先行文学に対するオマージュ的な意味合いも濃く、それらを随所に効果的に散りばめたことで、一層の幻想性を備えることに成功していると言えるでしょう。