『七つの死者の囁き』 有栖川有栖川 道尾秀介 石田衣良 鈴木光司 吉来駿作 小路幸也 恒川光太郎

七つの死者の囁き (新潮文庫)

有栖川有栖『幻の娘』

 殺人の容疑で取調べを受ける男が、アリバイとして言い出したのは、迷い込んだ住宅地で庭に落ちた帽子を拾う際に声をかけたという美少女でした。ですがこのアリバイを証言するはずの美少女と思わしき人間は、十年も前に死んでいるのだと言います。刑事の早川は、男が幽霊を見たという事実を信じますが、刑事としてそんなアリバイを認めるわけにも行かず…。

 合理的解釈だけでは説明の出来ない幽霊という存在を、そのまま容認した辺り、有栖川作品では若干異色ではありますが、これはこれでシリーズになっても面白い作品。
 ミステリ的な部分ではあっさりし過ぎている気はするものの、短編というボリュームの中で、一つの作品としての纏まり具合を思えば上手く処理したと言えるでしょう。

道尾秀介『流れ星のつくりかた』

 旅先で出会った「医者か刑事になりたい」という少年が語る、かつて起こった殺人事件の話。民家に入り込んで人を殺した犯人が、どうやって誰にも気付かれずに現場を立ち去ったのか。

 『背の眼』『骸の爪』のシリーズの短編。犯行現場からの人間消失に、安楽椅子探偵として真備が鮮やかに謎を解き明かします。
 謎の提示、読者へのミスリーディングなど、実に巧みなミステリ作品として仕上がっています。

石田衣良『話し石』

 収録作品の中で唯一のショートショート
 星新一ばりのショートショートとしてサラリと仕上げた分、正直なところこうした他の作家との競作的な1冊の中に収まると、印象は薄いかなという気も。

鈴木光司『熱帯夜』

 雅人と付き合っていた奈保美がたまたま映画館に行った時、その時間、その場所に彼女がいることを知っている者がいるはずもないのに、奈保美は映画館に彼女宛の電話がかかったと呼び出しを受けます。雅人は複雑な心境で、怯える彼女の話を聞きますが…。

 本書の中の7篇中、「死者の囁き」というテーマそのものは、本作が一番ダイレクトに使われたという印象。
 奈保美の視点と雅人の視点が組み合わさった際に見えて来る絵、そして最後に突き落とすような一撃が実に鋭い切れ味を持っています。

吉来駿作『嘘をついた』

 裕子が死んだ現場へやってきて、彼女の友達だった千莉は心霊写真を撮ろうと翔に持ちかけます。密かに裕子の恋人であった翔は気乗りがしないまま千莉に従いますが、裕子にした「裕子が死んだら僕も生きていない」という約束を破っていることに怖れを抑えられません。

 どこかで読んだことのあるような雰囲気の作品で、ホラー作品としては著者独自の雰囲気というものはあまりなく、薄味な気はします。ミステリの要素を取り入れたホラー作品としては、短編の枠組みの中で起伏に富んだ展開で読ませられる1篇。
 この作家は未読ながら、長編で読んでみたいと思わされました。

小路幸也最後から二番目の恋

 死を前にして、その人生の中のどれかひとつの恋の「やり直し」をさせてくれると持ちかけられた人物の、恋と人生の回想。小学校の時からの親友の、琴美と真理恵。そして、大人になった二人は、同い年でありながら母と娘という奇妙な関係になることになります。

 「やり直しの恋」、そして「同い年でありながら母と娘」という琴美と真理恵の関係が、冒頭で謎めいた何かを内包して提示されます。ここで描かれる「恋」が、分かりやすい激しさを持つものではないからこそ、最後にもうひとつ重ねられる「恋」が生きてくる短編。

恒川光太郎『夕闇地蔵』

 普通の人間とは異なった視覚を持つ地蔵助は、十六歳になった幼馴染の冬次郎が彼の妹の死後、塞ぎ込んでいることに心を痛めます。そこで寺の和尚に聞いた「冥穴洞」に彼の妹を供養するつもりで冬次郎を誘いますが…。

 独特の視覚を持った主人公の見る「異界」が、何とも著者らしい濃密な暗さと哀しみを感じさせる1作。
 アンソロジー形式の短編集にあっては、その独特の「暗さ」を感じさせる空気がややとっつきにくさにつながる可能性はありますが、著者自身の短編集に収録された際にはこの味わいがグッと増すようにも思います。