廃校になってしまった小学校の同窓会の葉書が届き、準一は当時住んでいた団地の思い出をよみがえらせます。ですが出席した同窓会で、準一は同じクラスでしかも団地でも近所に住んでいたという押田という親友が、自身の記憶の中には存在しないことに愕然とします。そしてもう一人、団地に住むみつきという少女は、交通事故で母親を失ったのをきっかけに、自身の記憶ではないはずの「思い出」が自分の中にあることを感じます。
あるはずの記憶、ないはずの記憶、そしてそれを見守る近しい第三者と、鍵となる人物。これらの人物の巧みな配置によって、視点移動を伴いながら物語りはゆるやかに進行して行きます。
さらに、子ども時代にやった野球の特別な思い出、団地、天体観測などが、登場人物たちの「記憶」や「思い出」に絡んで作中に風景として散りばめられ、終始ノスタルジックな空気を漂わせながら、物語は核心へと近付いていきます。そして終盤、それまでのゆるやかな空気が一変して崩壊へと向かう緩急も非常に効果的なものとなっていると言えるでしょう。
本作においては、団地という場が常に物語の中心にあり、そこに潜むものの存在によって、物語はモダンホラーやSF的な色彩を帯びつつも、根底にある一貫した「やさしさ」により、どこか時代から取り残されて寂れていく風景から受ける哀切な思いが、強い読後感となって残ります。そしてそれは、最後の1ページを読み終え、もういちどプロローグのページを開いた時に、「残される者たちへ」のやさしい感情が、作中の幾つかの印象的な風景とともに、すとんと胸に落ち着くような気がしました。