真梨幸子 『殺人鬼フジコの衝動』

殺人鬼フジコの衝動
 小学5年生の時、一家惨殺事件からただ一人生き残って叔母の家に引き取られることになった藤子は、母親のようにはならず、自分の人生を上向きにするために必死に生きていこうとします。経済的にも恵まれず、容姿にも優れず、学業もとりたてて良くない、そんな藤子が這い上がるために、彼女の不始末を見つけて足を引っ張りそうなものたちを排除し続けるうちに、徐々に彼女の人生は狂っていきます。

 単純に読み進めれば、家庭にも容姿にも恵まれなかった少女が、彼女の不遇の元凶たる両親の死によって転機を迎え、そこから這い上がろうとするものの、歪んだ上昇志向のために徐々に狂気の領域を顕わにし、全てを崩壊させていく物語。
 ですが、藤子が長ずるに従い、人生から葬り去ったはずの彼女を虐待し続けた母親の人生をなぞってしまうという、恐るべき「カルマ」が、母から娘に、さらにその先まで呪いのように続いていくという構図に一捻りを入れたことで、本作は極めて上質のミステリとしても成立します。
 不幸な環境で生きてきたがために、少女時代の藤子に染み付いた卑屈さはやがて狂気となり、必然的に殺人鬼としての道を、そして母親と同じ人生を歩み始めることになります。
 その中で、殺人という禁忌以上に、彼女の人生を阻害する者への排除欲求の高さが、ある種の説得力すら持ち得ているという点、それに加えて母から娘への負の連鎖を、作品の構造の中での捻りとした点に、本作が殺人鬼の一生を描いたというだけの平凡な物語で終わらなかった理由があります。
 序文、そしてあとがきにまで凝らされた趣向は、決して高度なテクニックを窺がえるというわけではないかもしれません。ですがそれがあることによって、作品全体に「カルマ」の連鎖のさらに大きな流れと、事件の「もうひとつの真相」を浮かび上がらせることに成功していると言えるでしょう。