真梨幸子 『クロク、ヌレ!』

クロク、ヌレ!
 画家だった義弟の彰夫を彼の生前は毛嫌いしていた久仁絵が、病気をしてから急に彰夫の遺作を集めることに執念を燃やし始めるのを娘の彰子は困惑しながも仕方なく協力せざるを得なくなります。ですが、著名な作家のジョー・コモリの死後、この有名作家の不遇な時代に叔父の彰夫と深い交流があったことから、様々な人間の思惑を巻き込んで事態は動き出します。「無名の天才画家」の死には、後の大作家ジョー・コモリこと小森穣治が関わっていたという仄めかしをしながら、広告代理店は岩代彰夫の売出しを仕掛けますが…。

 冒頭、そして中盤からは随所挿入される、死者である小森穣治の視点を軸として、何人もの女性の生々しい視点を交錯させながら、物語は進んで行きます。
 異常とも言える母親の執念と行動に辟易させられ、仕事も派遣社員という不確かな身分でしかない彰子。広告代理店でキャリアウーマンとして輝かしいバブル時代を経験したものの、現在は上からも下からもお荷物扱いされ、仕事にも危機感を感じ始めている貴代美。一度は絶頂の時代にあった貴代美に切り捨てられながらも、現在はライターとして地位を確立しているミチル。
 これらの女性の姿はどこまでも生々しく、女ならではの強かさとえげつなさに満ちており、それでいながら最後まで読んだ後の読後感は決して悪くないという辺りに、作者の力量を見て取ることが出来るでしょう。
 そして、自殺を遂げたとされる岩代彰夫という画家の、芸術家気質で破綻した人格は、主に彼の残した書簡と登場人物の回想でのみ語られるわけですが、それが終盤で仕掛けへの伏線として実に効果的に生きてきます。
 ただし序盤、物語の流れが見えないうちは若干煩雑な印象もあることは事実。描かれる女性たちの崖っぷちならではのえげつない生々しさが強烈なだけに、物語が加速するまでは些かとっつき難い感じを受けてしまう辺りでは損をしている気もします。
 ですが総じて、人物の生々しい存在感、終始物語の底辺にある謎と違和感、そしてその落としどころの良さなど、秀逸で個性的な作品と言えるでしょう。