ジェフリー・ディーヴァー 『魔術師 上/下』

魔術師(イリュージョニスト)〈上〉 (文春文庫)魔術師(イリュージョニスト)〈下〉 (文春文庫)
 我が敬愛なる紳士淑女のみなさま――自分の中の「観客」に対してそう語りかけながら、ニューヨークで音楽学校の生徒を皮切りに、次々とマジックのトリックと演出を用いた殺人を、あたかも舞台の上でのイリュージョンを魅せるように「魔術師」は重ねていきます。残忍な犯行と現場からの脱出を繰り返す魔術師を捕らえるために、ライムとサックスはイリュージョニスト見習いのカーラに協力を求めます。心理的誤導を巧みに使って捜査の目をすり抜け、変幻自在の早変わりで姿を変える魔術師に、サックスら現場の捜査員は攪乱されます。

 書き手が読み手に対して行なうミスリーディングという以上に、犯人によってライムや捜査官に向けて繰り返し行なわれる「誤導」。マジシャンがイリュージョンを行なう際の鮮やかさがそのまま犯罪で応用され、サックスもライムも犯人のこの手管に翻弄されながら物語は進んで行きます。
 ですが、ライムの科学捜査による天才的な推理は、カーラという見習いイリュージョニストの協力を得たことで、魔術師が見せるイリュージョンの先を読み、徐々に魔術師の実態に肉薄していきます。
 追う警察、それを鮮やかにかわして脱出する魔術師のせめぎ合いは、怒涛の展開の連続であり、作中の魔術師、時としてライムら捜査陣、そして著者によって何度もひっくり返され、上下巻のボリュームを一切中だるみさせずに描ききっています。
 不可能状況の演出とその解明と推理の重層構造、スピード感のある話運び、異常性に満ちて魅力的な犯罪者、そして意外な真相と、どこまでも良く作りこまれた作品。
 さらには、ライムとサックス、「魔術師」とその師匠、カーラと彼女の師匠など、複数の師弟関係が並行して描かれることで、それぞれの人物造詣にも深みが出ていると言えるでしょう。
 読み終えて、とにかく「面白かった」という一作。