ポール・アルテ 『虎の首』

虎の首〔ハヤカワ・ミステリ1820〕 (ハヤカワ・ミステリ 1820 ツイスト博士シリーズ)
 郊外の村レドンナムで、続いてロンドンで発見されたスーツケースからは、切断された女性の手足が詰められているのが発見されます。休暇帰りのツイスト博士とロンドンの駅で落ち合ったハースト警部は、早速事件のことを博士に話しますが、いつの間にかすりかえられていたツイスト博士のスーツケースから、また新たな遺体が発見されることになります。そんな中でレドンナム村では、インド帰りの少佐の持つ「虎の首」という杖に住む魔人が、密室状態の部屋で人を殺したとしか思えない事件が起こります。

 次々に発見される女性のバラバラ死体の入ったトランク、目撃者の前から忽然と姿を消す犯人、意味不明なものばかりが連続して盗まれる事件、密室の中で起こる「魔人」による殺人など、本作でもアルテらしい奇怪な出来事と不可能状況における犯罪が次々と起こります。
 本作では、「スーツケースの殺人者を追って」というロンドンのハースト警部やツイスト博士のパートと、「レドンナム村の出来事」という、郊外の村で繰り広げられる事件の根幹にある人間模様を描くパートが交互に繰り返されます。この二つのパートのうち、「レドンナム村の出来事」は事件の2ヶ月ほど前に遡るところからの「承前」が描かれることで、魅力的な謎の羅列は時系列に沿って再構築されていきます。
 この構成によって、非常にスムーズに、事件の根底にあるレドンナムでの人間関係やそれぞれの登場人物の思いが伝わり、一方で警察とツイスト博士が一つ一つの謎を処理していく過程も事件の起こる過程も、全てをリアルタイムに感じることが出来た気がします。
 外を複数の人間が見張る中での人間消失や、「魔人」のトリックに関して言えば、決して大掛かりなものではないものの、これらの組み合わせにより、事件が混迷するさまが実に効果的であったということが言えるでしょう。
 また、複数の謎が絡み合うことで捜査の目が混乱させられる部分と、謎同士の絡み合いによって事件解明の手がかりになる部分とがあるのも、本作の面白いところ。
 結末近くで明らかになる著者の仕掛けた錯誤や、ツイスト博士がラストで犯人に仕掛けた行動に関しては、あるいは好みの分かれるところかもしれませんが、総じて平均点以上の1作ではあるでしょう。