有栖川有栖 『赤い月、廃駅の上に』

赤い月、廃駅の上に (幽BOOKS)

人生で一番良かった時代の象徴として大阪万博を懐かしむ上司が電車に乗っている時に示してくれた、万博中央駅に向かうトンネル『夢の国行き列車』。
気ままな外国旅で、宿で知り合った男性から聞いた途方もない話を半信半疑で聞きながらも、鉄道を乗り継いで密林の奥の僻地へと向かう主人公が遭遇する悪夢のような土地『密林の奧へ』。
鉄道マニアたちが鉄道に絡んだ怪談で百物語をする『テツの百物語』。
列車に乗り合わせた、何か事情ありげな夫人が語る不思議な話『貴婦人にハンカチを』。
気紛れで乗り越し精算をした列車では、次々に懐かしい人に会い、進んでいくにつれて車掌の服が黒く染まっていく『黒い車掌』。
海の上で船にまつわる怪奇話を聞いた男が見た列車『海原にて』。
ミステリ作家と編集者が過ごした鉄道のインテリアを配したバー「シグナル」で、つい最近突然亡くなった常連客を偲んで過ごす不思議な時間『シグナルの宵』。
三途の川を渡る交通量が増えたため、死後の世界へ渡る人々は鉄橋を渡る鉄道に乗車する『最果ての鉄橋』。
自転車で旅をする少年が行き着いた、廃線となった鉄道の駅で過ごす怪異の晩『赤い月、廃駅の上に』。
有名女優と結婚した男性が、彼女との思い出に引かれて電車を途中下車しようとする『途中下車』。

 有栖川有栖初の怪談集であり、全十篇、一貫して鉄道に絡んだ怪談物となっています。
 「ホラー」ではなく「怪談」という言葉がぴったり来る、どこかノスタルジックな短編集であり、年齢を重ねた人間だからこそ描けるノスタルジーが本書にはあると言えるでしょう。
 収録作の『シグナルの宵』でも語られるように、ミステリでは必ず合理的な解釈というものが最後には真相にありますが、本書のような「怪談」では、「あれは何だったのか」という問いに対する答えは、必ずしも明確に提示されることなく終わります。
 そのなんとも言えないもやもや感こそが、本書の持ち味であり、「鉄道」は、異界と現世を繋ぐ境界として存在します。
 どこかレトロさを感じさせるガジェットを生かし、年齢を重ねた今の著者だから描けるノスタルジックな「怪談集」。