神永学 『コンダクター』

コンダクター
 公演間近のミュージカルの指揮者と演出家が、突然交代することになります。そのメンバーでヴァイオリンの秋穂とピアノの玉木は婚約していますが、新しく招聘された指揮者の結城は、かつて秋穂が交際していた相手でした。そして、彼らと学生時代からの付き合いのあった奈緒美は不吉な悪夢に悩まされ、記憶の特定の一部分だけが抜け落ちていることに気付きます。さらには結城との再会で秋穂との関係はぎくしゃくし始める玉木のもとには、結城が留学先のドイツで人を殺した可能性があるとの情報がもたらされます。マンションの一室で男の変死体が発見された頃から徐々に崩壊をはじめる奈緒美の日常の裏には、そして学生時代に彼らの間で何が起こっていたのか。

 序盤から少しずつ積み重ねられていく違和感が、徐々に登場人物の偽りの日常を狂わせ、そして崩壊させていく演出は非常に面白い反面、視点の入れ替えがやや頻繁過ぎるので短い区切りでせっかく演出された"違和感"を伴う空気が途切れてしまうのは若干気になります。また、結末部分が雑に感じることも否定できず、タイトルの"コンダクター"が指すものが顕在化しても、とってつけたように見えてしまいかねないのも勿体ない気がします。
 さらには、作品の中でフィクサーである人物が、割と序盤から怪しさ全開であるにも関わらず、真実が明かされてみればその人物のあまりにも八面六臂な活躍をし過ぎていることと、その人物の掘り下げがほぼ皆無に等しいことで作中においてもリアリティを持てずにいるような気もします。
 ただ、本作がシリーズの1作目であり、今後シリーズ作品が続いていくのであれば、あくまでも「第1作」として読者へのお披露目的な意味合いが強いのであれば、導入部としての役割は十全に果たしていますし、内容そのものも心理サスペンスとして十分に面白い要素を持った作品。
 結末の意外性という意味でも、読者に対するミスリーディングもふんだんに盛り込まれており、意欲的な作品と言えるでしょう。