有川浩 『植物図鑑』

植物図鑑
 ある冬の晩にさやかは、酔って帰った自宅マンションの前でイツキと名乗る男性が行き倒れている場面に遭遇します。「咬みません。躾けの出来た良い子です」という文句に思わず笑って拾ってしまった挙句、翌朝の朝食で胃袋をしっかりつかまれたさやかは、イツキに同居を持ちかけます。二人で出かけて収穫した雑草のような山野草が食卓に並び、巡る季節と共に二人の関係も確実に変わっていきますが…。

 最近ではすっかり恋愛小説・ラブコメというイメージの強くなった著者ですが、本作もその路線から外れることのない作風となっています。
 始まりは非日常でありながらも、ある種の物語ではテンプレート化していると言っても良いシチュエーションであり、その先に描かれる物語も想定の範囲内の顛末とも言えます。ですが、それでありながら身近にありながら口に出来ることを意外にも知られない「雑草」をガジェットに、じっくりと描かれるゆるやかな時間が何とも心地良い作品となっています。
 風景や味覚という、昔ながらの季節感をさやかとイツキの関係に重ね合わせた構成も生きており、作中で描かれる食の面でも、現代人が「特別なこと」のように取り上げる「スローライフ」が、ごくごく当たり前のものとして感じられる作品。
 作中で幾度も繰り返されるように、「雑草という名の草はない」という言葉が表すように、身近にあって「雑草」としか認識されない草が、巡る季節の中でのさやかとイツキの日常の中で、二人の心のひとつひとつの分岐点の中で重要なスパイスの役割を果たしています。その役割を果たすのが、店先で売られる、人の手による華やかな園芸種ではなく、日常生活のすぐそこに息づく草であるということが、本作のゆったりとした持ち味にも繋がっているのかもしれません。