アメリカから日本の大学院へ留学してきているリリー・メイスは、ホームステイ先の大学院生の慶子とともに、橋の架け替え工事の現場で、とある光景に出会います。慶子によればそれは、日本のごく一般的な儀式であり、そこにいる白装束を着た男性は「人柱」で、彼はこれから橋の基礎部分に入るのだと言います。技術の発達により、昔と違って一定期間をそこで過ごした人柱は、工事終了後には地上に帰還するはずですが、「帰還式」で人柱の過ごす部屋で発見されたのは、一体のミイラ化した遺体でした。
山口雅也の『日本殺人事件』の洗礼を受けている読者にとっては、割とすんなりと入っていける、「パラレル日本」設定によるミステリ短編集。その意味では、この珍妙なパラレル世界を受け容れられるかどうかが、本書を楽しめるか否かを左右する要素でもあるのかもしれません。
とはいえ、本書において現代日本で生き続ける特殊な風習であるところの人柱や黒衣、お歯黒や参勤交代などは、それなりの論理的な根拠を持った伝統として扱われます。
さらには、これらのパラレル設定によって成立するのが、各短編における事件と謎であり、そのために作り込まれた奇妙な世界が本書では味わえます。この特殊な状況下でしか成立しないロジックは、主人公に「留学生」のリリーという、本書で描かれる文化の外側からの目を持つ人物を据えることで、読者に近い常識感覚の視点を維持すると同時に、謎の存在とその解明への新たな視点を示すことにもつながっていると言えるでしょう。