フランク・シェッツィング 『深海のYrr 上/中/下』

深海のYrr 〈上〉  (ハヤカワ文庫 NV シ 25-1)深海のYrr 〈中〉  (ハヤカワ文庫 NV シ 25-2)深海のYrr 〈下〉  (ハヤカワ文庫 NV シ 25-3)
 海洋生物学者のヨハンソンは、石油会社で海洋プラント施設を建造する際に発見されたというゴカイの分析を頼まれます。一方、カナダでホエール・ウォッチングを催行している会社に勤めるクジラの研究者のアナワクは、突然船を襲い始めたクジラやオルカのことで相談を受けます。海底のメタン・ハイドレート層に異変をもたらす大量のゴカイ、人間を襲う海洋生物たち、さらには体組織を不気味なゼラチン質に変質させて感染症を引き起こす甲殻類。深海で起こっている異変を前にして、世界中の科学者たちが原因究明に乗り出し始めますが…。

 深海という、地球にありながら人類にとっては未知の領域に潜む「何か」の存在感が、序盤から効いている、壮大なスペクタクル。
 突然人間に対して牙を向き始める海洋生物たちは、個体レベルで見れば大した驚異ではないものの、対処しようのない質量をもって攻撃を仕掛けてきます。序盤から中盤に掛けては、こうした得体の知れない「異変」の恐怖と、主用登場人物たる科学者たちの個人的背景に基づいた人物の掘り下げが描かれることになります。
 そして中盤を過ぎると、物語は一気に壮大な与太話の色合いを濃くするものの、膨大な質量を割いて記述される専門的な科学知識に裏打ちされることで、物語としての陳腐化は免れていると言えるでしょう。
 ただし、作中でも何度も言及される『ディープインパクト』『アビス』『インデペンデンス・デイ』などの映画でこれまで描かれてきた、「何だか映画で見たことのあるような」印象を脱し切れていない部分は多分にあると指摘できるでしょう。
 さらには終盤になると、人類の危機の回避という共通目的と大国の一国主義の暴走というエゴイズムのぶつかり合いが物語の大きな部分を占めるようになります。そのことで、人類の種としての優位性をぐらつかせる深海の未知の存在の究明という、それまで物語の勢いを支えてきた軸が若干ぶれて、全体をトーンダウンさせてしまったことも否定できません。
 それでも、些か冗長とも言えるまでの分量を割いて掘り下げた何人もの登場人物の書き込みは、その後の物語に大きく効いていますし、映像的な面でも魅力の多い娯楽作品であるのは確かでしょう。