ウィリアム・ギブスン 『ニューロマンサー』

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)
 肉体から解き放たれた意識を、マトリクスと呼ばれる電脳空間にジャック・インし、自在電脳空間を動き回る「カウボーイ」として名を馳せたケイスは、ある仕事で依頼主を裏切った報復により、その能力を奪われてしまいます。ですが、一縷の望みをかけて千葉シティに身を置いてドラッグ漬けになっていた彼の前に、武装した女モリィが現れ、アーミテイジと名乗る男のもとにケイスは連れて行かれます。アーミテイジは、かつての能力をケイスに取り戻す技を施し、ある仕事を持ちかけますが、ケイスには再びその能力を失わせる「毒」が仕掛けられていました。密かにこの仕事の裏にいる黒幕が何者なのかを探るモリィとともに、ケイスは再び電脳空間へと意識を飛翔させることになります。

 言わずと知れたサイバーパンクの嚆矢であり、映画『マトリックス』シリーズの世界観形成の基礎となった作品。
 高校生の頃に一度読んではいたものの、当時はおぼろげなイメージだけは伝わりこそすれ、いまひとつ理解できなかったというのが正直なところ。
 インターネットの普及でサイバー社会が身近になり、さらには『マトリックス』などの映像経験をしたことで、ようやく本作に現実が追いつき始めたという側面もあるかもしれません。その意味では今になって読むことで、より刺激的なイメージの奔流とともに伝わってくる世界観が、ようやく近づいてきたということは言えるでしょう。
 驚くべきは、本作が発表されたのが1984年という時代であり、パソコンといえば当時はようやくMS-DOSが出回った時期だったということ。それが25年以上の時間を経て、現実が着実に本作に描かれるテクノロジーの世界へと接近したことで、今の時代だからこそ広く本作が読まれる土壌が整ったという側面もあるでしょう。
 ニューロ(神経回路)+ネクロマンサーから造られ、さらにはニュー・ロマンスの含意を込めた『ニューロマンサー』というタイトルも、刺激的でありながらもどこか静謐な作中の情景にしっくりくるものでした。