飛浩隆 『グラン・ヴァカンス 廃園の天使1』

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)
 数値海岸と呼ばれる会員制の仮想リゾートのひとつ、夏の区界。南欧にある海辺の田舎町を想定してデザインされたこの場所は、人間のゲストの来訪が途絶えてから千年、AIたちが永遠の夏を過ごしていました。ですがその永遠の夏は、ある日突然襲い掛かってきた破壊プログラムとしての「蜘蛛」により、街も人も消滅し始めます。鉱泉ホテルへと避難した人々は、12歳の少年ジュールの提案した「罠のネットワーク」を張り巡らせ、襲い掛かる敵との攻防を繰り広げます。

 永遠の夏の日々が突然崩壊したことで、ジュールたちの間に千年以上もの間あった、穏やかに停滞しながらどこか不安定なものを孕んだ人間関係もまた、否応のない変化にさらされます。ジュールと彼を「従兄弟さん」と呼ぶ少女ジュリー、ジュリーの恋人の猟師ジョゼと勇ましい海の女のアンヌ。盲目の女イヴェット(イヴ)と、彼女の夫の仕立て屋フェリックス。そして、海岸にたたずむ老人の「ジュール」と鉱泉ホテルの老三姉妹。さらには、世界を飢えによって食いつくし、無に帰そうとする「蜘蛛」と、その蜘蛛を操る圧倒的な存在であるランゴーニ。
 これらの個性的な登場人物の魅力的な配置もさることながら、本作では何といっても、滅びゆく世界の情景の美しさが一番の魅力と言えるでしょう。
 徐々に滅びへと向かう世界で起こる攻防は、時に救いようのない残虐な場面すら、どこまでも静謐で美しいものとして描き出されます。
 本書ではまだ世界の全容は明らかになってはいない部分も含め、この物語の行く先に期待したいところ。