海堂尊 『ブレイズメス1990』

ブレイズメス1990
 二年の外部研修を終えて東城大学に戻った世良は、フランスで開かれる学会に先輩医師の垣谷のお供に指名され、コート・ダジュールへと向かいます。ですが、学長であり外科の長である佐伯から世良に与えられた仕事は、モンテカルロの病院で世界でただ一人の手技を持つ天才心臓外科医の、天城に会うことでした。人格は型破りですが卓越した天城の手技に魅せられた世良は、一世一代の賭けを天城に挑み、彼を日本へと招聘しようとしますが……。

 『ブラックペアン1988』の二年後の物語。日本の医療がまさに崩壊へと向かう分岐点であった時代を、今だからこそ描けたというべき一作。
 前半はフランス-モナコでの天城との出会い、そして世良と天城の互いを賭けたギャンブルが見せ場となりますが、後半は日本の閉鎖的な医療の世界が、自身に迫る未来の崩壊を予感させる姿が描き出されます。そこでは、かつては彼自身も異端児として外科教室をかき回した高階すらも、あまりにも型破りで外科教室に混乱をもたらす天城を敵視することになります。
 今でこそ、大学病院においても「経営」という経済効率の観点が重視されるのは当然のことになりつつありますが、その意識が低かった時代というものを、本作は天城という異端の天才外科医を配置することで描き出し、現在の医療が抱える問題をも提起することに成功しているといえるでしょう。
 そして、後に『極北クレイマー』に登場する世良の姿を予感させるものもこの作品には見られ、シリーズの本流へと繋がる流れを楽しめるとも言えるでしょう。
 もっとも、本作はこれまでのシリーズ作品の多くがそうであったように、1話完結型でこの1作ですっきり終わっているとは言い難い作品であるのも事実。出来るだけ間を置かずに1991年の彼らの物語が刊行されることに期待します。