上橋菜穂子 『蒼路の旅人』

蒼路の旅人 (新潮文庫)
 父親である帝から疎まれ微妙な立場にある新ヨゴ皇国の皇太子チャグムは、政争の末の罠と理解しつつも、死地へ赴くことになってしまいます。そこで彼が見たのは、世界に侵略の手を緩めないタルシュ帝国の予想も超えた勢力と、属国に下った国々の行く末でした。自国の辿る運命を見せ付けられたチャグムの葛藤と、彼が下す重大な決断とは。

 『虚空の旅人』同様、まだ幼さを残しているながらも、その英明さで父親に疎まれる皇太子のチャグムが主人公の1冊。本作は『虚空の旅人』の物語を引き継ぎ、さらに全体の大きな分岐点となる重大な物語となっている作品と言えます。
 女用心棒のバルサが主人公の作品においては、大きな力の前に理不尽な境遇を強いられる弱い個を守り、助けるというスタンスが明確になっていますが、古い伝統を持つ大国の皇太子という立場のチャグムが主人公である本作においては、かつてバルサに助けられ、彼女に重大な影響を受けたチャグムの葛藤とが、世界を巻き込む大きな流れを見据えた中で描かれることになります。シリーズ全体としては、バルサとチャグム、彼らのどちらかではなく二人を主人公として据えることの意味が、本作で明らかになったとも言えるでしょう。
 本作のラストででのチャグムの決断に導かれる、シリーズの最終章への期待が一層高まる一作。