体の一部が崩壊する「臓器崩壊」という現象に対処するため、人工臓器が用いられる未来社会。そこでは、かつては世界最大の臓器メーカーであったライトジーン社は分割され、幾つもの専門臓器メーカーが「ライトジーンの遺産」を受け継いでいました。そしてライトジーンのもうひとつの遺産である、ライトジーン社によって生み出された特殊能力を有する二人の人造人間のうちの一人、セプテンバー・コウ(菊月虹)は、時として中央署第四課課長の申大為(シンタイイ)からの依頼を受け、新米刑事のタイス・ヴィーとともに人工臓器メーカーに関わる幾つもの犯罪や不可解な現象を解き明かします。
著者のデビュー作でもある『狐と踊れ』においても、人間の臓器である胃がある日意思を持って逃げ出すというような、独特の世界観が展開されていましたが、本作でもそうした著者のカラーを見て取ることが出来るでしょう。それは、臓器崩壊によって台頭した巨大な力を持った臓器メーカーライトジーン社の遺産を受け継ぐ企業群と、そしてライトジーン社によって生み出された「サイファ」という特殊能力者である主人公らによってそのあり方を決定付けられているともいえる社会の描き方に現れているでしょう。
臓器崩壊と人工臓器、そしてこの分野で圧倒的な支配力を持っていたライトジーン社の遺産たち。解体・分割された臓器メーカー、そして時としては対立すらするまったく別の生きかたを選んだ主人公の菊月虹とMJの二人の人造人間。
物語中におけるリアリティを持ったそれぞれの要素と人物は、連作短編集という形式でリーダビリティに富んだ筆致で描かれます。神林作品、あるいはSF作品としては比較的ライトな部類に入る本作は、主人公の菊月虹のキャラクター付けによってハードボイルド的な装飾がされ、一人一人の登場人物も非常に魅力的なものとなっています。
また、連作短編集としての構成面について言及すれば、各作品において描かれる、腕、心臓、目、皮膚、骨などの各パーツとそれぞれの臓器を取り扱う企業名がタイトルに冠され、それらがアルファベットでABCD・XYZと並ぶ遊びも施されています。そして、最終話となる『ザインの卵』は、主人公らライトジーン社の遺産である人造人間の存在そのものの物語となっており、実に綺麗構成された作品であると言えるでしょう。