真梨幸子 『聖地巡礼』

聖地巡礼 (講談社ノベルス)
高校の同窓会に出席した「私」は、高校時代に誰もが認める美少女で嫉妬と羨望の対象だった「あの子」の変わり果てた姿を見ることになります。「あの子」の辿った転落と、その分岐点になった高校時代の苦い思い出を振り返る『グリーンスリーブス』。
成り行きから同じ格安ツアーの参加者である日本人ツーリストとカンタベリーに一緒に観光に行くことになり、そこで彼らはカンタベリー物語にちなんで、一人一人が不思議な話の披露をし合うことになります。いないはずの場所に出かけて写真に写り込んだ少女の話、インターネットを介して運命の出会いをして結婚をした兄を狂わせる母親の話、そして子どもの頃に見た不吉な未来の暗示の話『カンタベリー・テイルズ』。
熱海でコンパニオンから芸者になった初音の前で繰り広げられる、美容室での女性たちのどろどろとした水面下での争いを描く『ドッペルゲンガー』。
かつて関わることになった事件の犯人から狙われることを恐れ続けたユカリさんは、暫く前に事件がようやく時効を迎えたことで安堵し、真由美にその過去を語りますが…『ジョン・ドゥ』。

 上記の4編に加え、最後の『ジョン・ドゥ』の登場人物が執筆したという設定のSF短編『シップ・オブ・テセウス』が収録された連作短編集。
 これら4編+1編は、2話目に配置された『カンタベリー・テイルズ』を軸にして、時間軸を前後しつつも緩やかに、人物や小さなエピソードで繋がります。そこでは、ある話ではまったく普通の人のように描かれていた人物が、別の話では猛烈に嫌な人間としてのエゴや醜さを見せたりと、実に著者らしい毒がちりばめられることになります。
 いわゆるパワースポットという、時流に乗ったガジェットが各編に登場しますが、幸福になるためのパワーを得るのではなく、むしろ自分の内にあったパワーを場に奪われて、負で満たされるというようなコンセプトが本書には流れています。そうして描かれた世界を俯瞰すれば、最終的には誰一人として幸せな結末を迎えていないという事実に愕然とさせられ、作品世界の根底を繋ぐひそやかな負の連鎖にぞくりとさせられる一作と言えるでしょう。
 作中には、超常現象的なものも登場するものの、本作にホラー小説のような怖さを与えているのはむしろ、登場人物の女性たちの姿の描き方であるという辺りも、実に著者らしさがあらわれていると言えるかもしれません。