畠中恵 『ぬしさまへ』

ぬしさまへ (新潮文庫)
 妖怪が化けている手代の一人、仁吉に届いた悪筆の手紙。どうやらその手紙は、火事のあった際に殺された天野屋の娘のおくめが書いた恋文らしいことが分かりますが、妖怪たちが調べてきたおくめの話から受ける印象は、てんでバラバラなものでした(『ぬしさまへ』)。
 長崎屋の若だんな一太郎の幼馴染の栄吉は、菓子屋の跡取り息子なのにもかかわらず、全く菓子作りの才能に恵まれません。ですが、栄吉の作る菓子が不味いとはいえ、それを食べて死んだ人間が出てきたと聞き、若だんなは栄吉の無実の罪を晴らそうとします(『栄吉の菓子』)。
 桶屋の東屋で猫が殺される事件があり、現場には長崎屋の若だんな一太郎の腹違いの兄、松之助のものと同じ手ぬぐいが残されていました。過去の事情で長崎屋とは縁のない者として育ち、母親の家でも居場所などない松之助は追い詰められますが、偶然に拾ったビードロの美しい色合いに救われます(『空のビードロ』)。
 病弱な自分のために仕立てられた布団で寝ていた若だんなの一太郎は、夜中に若い女のすすり泣く声を聞きます。調べたところ、その布団が実は寸法違いであることが判明し、仕立てた店にそれを告げに行った若だんなは、店の襖の向こうに死体を発見してしまいます(『四布の布団』)。
 寝付いて食も細くなった若だんなの一太郎に薬を飲んでもらうために、手代の仁吉は千年前からの自分の恋物語を語ることになります。相手の男が生まれ変わって再びめぐり合うのを待つ女妖怪と、彼女を見守り続けた仁吉の物語(『仁吉の思い人』)。
 普段は出入りしている妖怪たちの姿が消え、何だか周囲の者たちの様子がおかしいことに疑念を覚える長崎屋の若だんな一太郎。自分はもしや、誰かの夢の中にいるのではないかと気付いた一太郎ですが……(『虹を見し事』)。

 。病弱で外出もほとんど儘ならない若だんなの一太郎というキャラクターが妖怪たちの協力を得て事の真相を明らかにするという構図は、既に一作目の『しゃばけ』において確立はしていたものの、短編集ということもあり、本作ではより一層安楽椅子探偵物としてのテイストが生きているように思います。
 幼馴染の栄吉、手代の仁吉、腹違いの兄の松之助など、一作目で登場した登場人物たちのキャラクターの掘り下げという意味でも、今後のシリーズを一層魅力的に見せるシリーズ第二作となっていると言えるでしょう