鎌倉時代、対馬に生まれた少年が才を見出されて宋の商人の下で養子になるものの、蒙古族の元の侵攻を機に、大きく運命の変わる物語。山奥にある小さな店に現れ、突然長期に逗留を始めた若い女の語った「風天穴参り」をするために彷徨う集団の物語。列車に乗って上京した女性に憑いた霊が、彼女が悲しみに沈んだ時に語りだした自らの過去と、そして現在に続く物語。千絵という少女と一緒に鼬(いたち)のような生き物を拾った少年が、ルークと名付けたこの生き物と過ごし、そして千絵の願いによってその生活が断ち切られる物語。
時代や語られる物語は異なるものの、全四編、稲光山という異界に接する土地を舞台に、摩訶不思議な獣の存在を伴って語られる連作短編集。そして、これまで著者が描き続けてきたように本作でも、読者が知るはずのない、けれども昔から知っていて現実のすぐそばに存在しているような、あやふやな境界にある異界感とでもいうものは見事に描き出されており、どこかゾクリとするものを秘めながらも懐かしい風景が作品に存在しています。
さらには前作まで著者の作品よりも抑え目なファンタジー・お伽噺的な色彩は、作中で描かれる救い難い残酷さを包むオブラート的な役割を果たすという点に多くの比重が置かれているようにも思われます。
収録された全四編のどれをとっても、抗いようのない理不尽な力に運命を狂わされる登場人物たちが描かれる、どこか寂寥感を孕んだ物語であるにもかかわらず、ノスタルジックな世界観の中で優しい読み口で良質のホラー/奇譚であると言えるでしょう。