畠中恵 『アイスクリン強し』

アイスクリン強し (講談社文庫)
 明治の世になり、江戸が東京に変わって二十年と少し。外国人居留地で育った真次郎は、西洋菓子屋の風琴屋を開き、やがて店を軌道に乗せる日を夢見て日本ではまだ珍しい様々な西洋菓子を作ります。ある時真次郎の親友で、かつては幕臣だったために、維新で禄を得られなくなり巡査の仕事をしている旗本の息子たち、通称「若様組」の長瀬が、風琴屋にやってきます。長瀬ら「若様組」の面々に、不審な手紙が届いたというのですが…。菓子屋の鑑札を手にするための真次郎の試験を控えていながら、士族の一団に追い掛けられていた小弥太を已む無く風琴屋に引き取ったことで起こる事件。若様組の長瀬らと人探しが目的で訪れた貧民窟で起こる騒動。新聞への投書から、思わぬ記事を書かれて迷惑を被る真次郎や若様組たちが辿り着く、投書の裏にあったある人物の思惑。父親に押し切られて気の進まぬ見合いをする沙羅の思いと、彼女の幼馴染でもある真次郎や若様組の面々が蔓延する伝染病を防ぐためにする奮闘。様々な事件を経て、若様組や真次郎が辿り着いた、彼らに届いた不審な手紙の真意とは。

 明治維新後、二十年と少しが過ぎた時代の物語。
 しゃばけシリーズなど、これまで著者が主に描いてきたのは江戸時代であり、そこでももちろん個人の力ではどうにもならない格差や運命などはあったものの、社会の根底から揺るがされるような不安感はあまりなく、穏やかに続いて行く日常があったと言えるでしょう。それが本作では一転して、明治維新という大きな時代の転換期を迎えて日々社会は変わり、江戸の名残をどこかに残しながらも、「東京」という全く新しい都市が出来上がって行く、何とも不思議な時代を舞台とすることになります。
 そして本作では、維新という動乱を終えた後の、日々新しい物が出てくる本作の時代背景は、そのまま各話の西洋菓子という「新しい物」の名前に象徴されることになります。そして、それらの甘い菓子の名前が冠され、当時としては珍しい西洋菓子が登場する各話での事件の裏側に、この先再び決して甘くは無い激動の時代がやってくることへの不安を仄めかした構成の妙が、この作品にはあります。
 また。否応なしに急速に変わって行く社会を目の当たりに生きる若者の、決して恵まれているとは言えない状況や、その中でのささやかな平穏すら崩れそうな未来の不安など、本作で描き出される世界には、現代にオーバーラップするものも感じられます。行きつく先に不穏な予感を孕みつつの急速な時代の変化は、決してそれを担う若者たちにとって優しいわけではありません。けれども現代の私達と違って、作中の登場人物たちはどこまでも前向きで強かであり、生き生きとしたその姿が何とも爽快に感じられます。
 作中で登場するビスキット、アイスクリン、シユウクリーム、ワッフルスなどの西洋菓子も、当時では物珍しく最先端であったとはいえ、それらはおそらく現代では当時とは比べ物にならないほどに美味しくなり、数多くの種類のものを、誰しもが簡単に口にすることが出来ます。ですが、おそらくは発展途上で素朴であろう作中の菓子が、何とも美味しそうに感じます。それは、現代に生きる私たちと比べて、何とも輝いている生き方をしている登場人物たちの姿にも重なるような気がしました。