柳広司 『キング&クイーン』

キング&クイーン (講談社文庫)
 ある事件をきっかけに辞めた元SPという過去を持つ冬木安奈は、雇われているバーで中国系の留学生である女性から、世間から姿を隠したチェスの世界チャンピオンのアンディ・ウォーカーの身辺警護を頼まれます。いったんは断ろうとした安奈ですが、拳銃を持った男たちがアンディ・ウォーカーを狙ってきたのを目の当たりにし、彼を守るために動き始めます。警察も警備会社も、どこに身辺警護を頼もうとしても断られるチェスの王者の敵は、いったい何者なのか。

 どこかで見たような流れのエピソードも盛り込まれるものの、魅力のある登場人物たちによって繰り広げられる物語は、映像がそのまま浮かぶようなリーダビリティと、物語の構造的な仕掛けで読ませられてしまう作品。
 物語は、現在進行形のメイン・パートに、安奈がSPを辞めるきっかけになった過去の事件のパートに、アンディがチェスの才能を開花させて昇り詰めていくパートが入れ替わりで繰り返し挿入されます。大がかりな陰謀が背景に見える厳しい状況と、それにもかかわらず身勝手な行動を取るアンディ・ウォーカーに翻弄される安奈の戦いがメインにあり、そこに彼女の過去のパートが絡むことで、終盤に登場する人物とのやりとりが自然に受け入れられるようになります。さらにそこに、チェスの才を見出されたアンディのエピソードが挿入されることで、「キング&クイーン」というタイトルがラストで浮かび上がります。
 そして、この物語の構造によって事件の構図と敵の実態が明らかになった時、チェスの王者(キング)アンディ・ウォーカーと、キングを守る最強の駒であるクイーンの元SPの冬木安奈とを表したタイトルに、ダブルミーニングが秘められていたことが明らかになります。
 途中で広げられた大風呂敷の畳み方に関しては、ある種のスケールダウンによる肩すかし感を受ける側面も否定できませんが、それすら計算に織り込み済みとすれば、実に巧みな仕掛けの一作と言えるでしょう。