大田忠司 『奇談蒐集家』

奇談蒐集家 (創元推理文庫)

 求む奇談! 自分が体験した不可思議な話を話してくれた方に高額報酬進呈。ただし審査あり――そんな新聞広告を見てやってきた人物たちが語る、彼ら自身の体験した奇談。街灯に照らされた自身の足元から伸びる放射状の影の中に、自分をナイフで刺した何者かがいるのだという男。古道具屋で買った鏡の中にいた女性と恋に落ちた男。シャンソン歌手の女性がフランスに住んでいた頃に出会った魔術師。子供の頃に憧れて結成した少年探偵団として追いかけ、そして忽然と姿を消した「水色の魔人」。たまたま通りがかった薔薇園を擁す洋館を見つけ、その洋館で出会った男性と「ずっと一緒にいる」という約束を守れなかったことを悔いている女性。邪眼を持つという「夜の子ども」と出会い、ひと晩の家出をしている間に誘拐されたことになっていた少年。奇談蒐集家だという恵美酒(えびす)と助手の氷坂の前で、語られる奇談とその真相、そして顛末の物語。

 本書は、奇談を収集するという新聞広告を見てやってくる人々が語る、摩訶不思議な体験の謎解きをする安楽椅子探偵もの…という側面と、最終話『すべては奇談のために』へと集約される幻想小説的な側面が見事に噛み合った1作。
 それは、幻想を現実レベルに解体するミステリの集合体が、現実を幻想レベルへと昇華する物語になるという逆転の構造をとっており、「いかにも」な恵美酒のキャラクター造詣さえ最終話に到達すればあざとさすらを感じさせるガジェットとなっていると言えるかもしれません。
 各編は、それを語る人物自身が体験した摩訶不思議な記憶として語られ、奇談蒐集家の恵美酒もそれを「奇談」として一度は受け入れます。この時点では「奇談」は、体験者の現実に紛れ込んだ幻想として受け入れられるものの、最終的にはそれらを現実レベルに解体し、合理的な説明を付ける助手の氷坂による安楽椅子探偵物として楽しむことができます。謎解きがされてみれば真実は実に明快であると同時に、それまで「奇談」が胸に引っ掛かっていた当事者たちには、シビアな現実が突き付けられるという各話の落とし方も絶妙なもの。
 そして、それら積み上げられてきた作品世界自体が崩壊する最終話での、現実と幻想の逆転劇の鮮やかさが印象的な、ひと繋がりの作品として成立していると言えるでしょう。